一六二話 え? とは思ったが、まあ


 子にめぐまれなかったきさき。本来なら払いさげされてもおかしくないのに、と美朱ミンシュウ様は自虐じぎゃく的にくすくす笑っていた。今はだいぶつきの痛みはやわらいだそうでなによりだけども。それは同時に子を成せる女性の機能が失われつつあることの予兆よちょうだとおっしゃっていた。


 美朱妃は後宮こうきゅうに残る数少ない妃の中、唯一ゆいいつこどもがいないのをだが嘆いてはいないと不思議なことを言っていた。理由をうかがってみたが、いつもの赤面せきめんでツン、とそっぽ向いてしまわれたので、言いたくない。ということなのだろうと思って喰いさがらなかった。


 ただ、ぼそりと「子を手放すことになる桜綾ヨウリンだってつらいのですもの」とだけ言っていたっけ。そうだ。私が後宮に来た日、優杏ユアン様が言っていた。そろそろ降嫁こうかがどうの。


 それでねやの知識に明るいか、を訊かれたんだったか。ありっこなーい。だって、今ですらまだ実践できるか非常に怪しいだけでなく、色目いろめ? というのが使えない惨状さんじょうさ。


 だって、殿方とのがたに甘える。そんな奇怪きっかい機会きかいなんてなかったんだもの。私の周囲にいた男という生物は非常に身勝手で乱暴で口が悪く、私以上に手足が飛ぶのが早くて……。


 そんな連中に甘えて許しをうより淡々たんたんと押しつけられた仕事諸々をこなした方が楽だったの。だから、まともな殿方に会ったのは殿下がはじめて。私を綺麗だと言った。


 どうしようもなく、世の中の不条理ふじょうり理不尽りふじんに疲れて惰性だせいで生きていた私に希望のともしびを与えてくれた方。そんななので変わりたい、と切実に願って頑張っているのだ、が。


 苦手なものは苦手だ。色目が自由自在に使えるようになったら私は美朱様や桜綾様に頭痛をお与えになることもない、なくなる。そして、もっと自信が持てるのだろうな。


 それくらい壊滅かいめつ的だ。色目わざ、という点では天琳テンレイ国の西と北の貿易ぼうえき中継ちゅうけい点の商家しょうかに生まれたという淑妃しゅくひ地位ちいを与える予定だ、と書いていらした珊瑚シャンフーが最も上手じょうずだとか。


 そちらにいで色気いろけがすさまじいわよ、とあの桜綾様が言っていらしたのは徳妃とくひにおさまる予定を組まれた紅楓ホンフェン妃という女性だそうだ。……名簿を見た時、まっさかーとは思ったのだが、殿下は異文化いぶんか民族みんぞくの者を皇后こうごうに次ぐ妃、貴妃きひに据えるつもりのご様子だ。


 私になまの締めたけもの丸ごと三種詰めあわせよろしくおくってくれた凛鈴リンレイ妃が貴妃。


 これって、天琳国内の有権ゆうけん者たちから反発はんぱつはあがらなかったのか、と真剣にあんじた一件でもある。私的わたしてきに。だって、それくらいありえない選定だ、と非難ひなんされそうな予感。


 天琳国内に入っているとはいえ遊牧民ゆうぼくみんの女性をとうとき貴妃にあげる。普通だったら他の有力貴族きぞく衆が黙っていないだろうに。それともこれは私の認識がおかしいのだろうか?


 っつーか、この人選の意図は? と問いたい、殿下に。なぜおとなしい女性ばかり妃に選んだのだか。やはり私の激烈げきれつさがいやで癒やしが欲しかった、とかなら落ち込む。


「この間お掃除したばかりのへやよ」


「ありがとうございます、陛下」


「あ、っりがとうございます」


 ふむ。まだおっかなびっくりといったふうだが先ほどよりは緊張感がほぐれているのかねえ、雪梅シュエメイ妃は。さっきまでは口を開いたら吐きそうなひどい顔色をしていたしさ。


 皇后陛下が雪梅妃が意図していなかった、わざとでなかったもののずる休みしていたくだりをまるっと流してくれるようだ、というのが伝わったんだなあ。よかった、よかった。


 と、いうところで皇后陛下が座につかれたので私たちも拱手きょうしゅして座り、書冊を開いて待つ私の隣で雪梅妃が慌ててならった。私は開いているページを寄せて見せてあげ、円扇えんせんを椅子のふちに立てかけて置いた。かすかなカタン、という音に雪梅妃が顔をあげ、私を見た。


 ほけ~、というような擬音ぎおんが似合いそうな顔。せっかくの綺麗なお顔が少々台無しになっているように思われるがいいのか、それで。てか、なによりもなにかあったのか?


 ほうけ放題になっているが、雪梅妃。なにか驚くこととか呆気あっけに取られることでもありましたかね。……ま、いっか。考えたところで無意味かもしれないし。ってなわけで。


「雪梅様」


「……。……へ、ひう、ひゃいっ」


「大丈夫ですか?」


「あ、ああうあう、だい、だ、大丈夫です」


 本当に? なんか顔、赤くないか、あなた。知恵熱ちえねつがでるのはこれからである筈で予兆よちょうにしても早すぎる。というか盛大せいだいにどもっているのはどうした、マジで。壊れたの?


 なんて、とっても失礼なこと考える私もたいがい大丈夫か、状態だと思うが。置いておいて、陛下がこほん、と咳払いしたので私たちは顔の見あわせをやめて前を向いた。


 そこから先は皇后陛下の鬼授業がありました。間で休憩きゅうけいを二回挟んだが西の空が赤く染まりだすまでずっと、授業していた。多分、主に雪梅妃の為に。私は復習になった。


 で、予想通り詰め込み濃密のうみつ授業で知恵熱ふらっふらの雪梅妃に夕餉ゆうげのあと、また庭で会いましょう、とだけ告げて私は黄龍宮おうりゅうぐうの門からでて自分が乗ってきた車に乗り込み、その場をあとにした。なぜかユエが笑っていたが、どうせろくでもないことだ。ほうっとこ。


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