一六〇話 最後のトドメはお任せください


 ……いや、ほぼ確定的にそう。すみません、皇后こうごう陛下。冷徹れいてつながらも礼儀正しく、なあなたにそんな下賤げせんの物言いを覚えさせてしまって。てか、さ。すごい言い様ですね。


 何度目か知れないが、皇后陛下に逆らったり、逆さになってなくてもうろこに触れる真似やめておこうと思った。なんか日々毎度鋭くて痛い物言いが更新されている気がする。


 人生は常に更新、のお手本を示してくださっているのかしら、皇后陛下。あの、元凶げんきょうが言うな、って話ですがそんな負の方向にまで更新しなくていいんですよ。怖いです。


 騒ぎ。あのゴミ女が抵抗してぎゃあぎゃあ騒ぎ立てている模様もよう。いやあ、言いえてみょうとはこのことでしょうか、陛下。陛下が言ったようにゴミまみれの猿みたいですね。てめえでてめえがもんのすっごくくさいのに気づかない辺りもそうで、きわめつけは……――。


「ちょっと、なにぼさっとしているの!?」


「……ぇ、ぁ」


侍女じじょがいないと困るのはお前でしょうが。そんなこともわからない愚図ぐずなの!?」


「いい加減にしてくださる?」


 この女、蒼蘭ソウランに苦手意識を持っていて気圧けおされている雪梅シュエメイに代わって私が立ち、歩み寄って雪梅妃の前に腕をだしてさがらせ、これで最後、と正真正銘トドメを刺した。


「散々けなした主人に調子のいいことを言うな。貴様の代わりなどいくらでもいるわ」


 こんなゴミがひとの形をした女の代わりなどと言わず数段ましでまともな「人間」普通にいるに決まっている。それがわからないとか。どれだけ自己評価が高いんだろう?


 無駄に前向き。しき意味で、だけど。こんな堆肥たいひがさらに腐熟ふじゅくして、しすぎて使い物にならないくらい腐って腐りまくっているブツがなにをす、って? 汚臭おしゅうをばらまくだけだろ。こんなのしか侍女候補がいなかったなんて憐れ。そこは皇后陛下に頼もう。


 彼女なら雪梅妃の性質せいしつ相応ふさわしいやわくもしたたかな侍女たちを募集してくださるから。


後宮こうきゅう追放で実家に出戻でもどりがどうしてもいや、というのならこういうのはいかが?」


 雪梅妃の侍女たち全員が腐っていないだろうし、このクソあんぽんたんの代理などなんとでもなる。だったら、私が示してやるべきはもうあと、これだけになっちゃうぞ?


 私は円扇えんせんを少しずらしてハオ譲りの蒼瞳そうどう、普通の人間ひとらしからぬ色の瞳で相手にしてしまっている腐ったゴミでうるさい猿ではじ知らずの身のほど知らずを睨み、ひとつ提案。


「たいした成分もなさそうですが、大鍋おおなべで煮溶かして差しあげますから土にかえって」


「へひっ?」


「ああ、もちろん意識明瞭めいりょう延命しながらぐつぐつ煮込みましょう。ですから生きて実家に帰りたくないのなら生きながら煮溶けて大地をほんの少しうるお汚水おすいにおなりなさい」


 ……。あ、黙った。ふう、やっと黙ってくれやがった。これでこのゴミと同じ空気を吸うことがなくなっていいね。なんとなく連行れんこう役の宦官かんがんしゅうの顔色も真っ青だが、気のせいだろうね。ダメだなあ。たまには想像力をなまけさせないと睡眠のしつに関わっちゃうぞ。


 私が円扇の位置を元に戻したあとも蒼蘭はガタガタ震えて、というかちょ、漏らしてないかこの女っ!? きったねえー。ダメだ、このへやは今日もうお掃除決定ですよね?


 そう、皇后陛下をうかがった私に陛下は苦笑し、なんかなんとなくだが「かなわないわ」みたいな雰囲気ふんいきで頷き、立ちあがって失禁跡を避けて室をでるついでに宦官たちに掃除もお願いして移動をはじめたので、私は置いていかれている雪梅妃を手招いてあとに続く。


 なにが敵わないんだろ。私が皇后陛下よりすぐれている点なんて一切、ないと思う。


 しばらくは廊下を移動する三人分の足音が聞こえていたが、しばらくして皇后陛下が口火くちびを切った。いや、どちらかというとこらえ切れずに噴きだしてしまわれた、になる?


「お見事ね。本当に天晴あっぱれだわ」


「はい?」


「わたくしもまだまだねえ。とてもではないけれどあなたのような切り返しできな」


「当たり前です、皇后陛下。アレはやっちゃいけない淑女しゅくじょとは無縁むえんすぎる手本です」


「そう言われても、すっきりしましたが?」


「恐れながら通常の反応ではないか、と」


 私がどれだけ進言しんげんし、具申ぐしんしても皇宮陛下はなぜかとっても不思議そうに「そうかしらねえ?」みたいな態度でいる。うーん。やっぱりこのひと剛胆ごうたんがいきすぎていない?


 義母上ははうえながら困った御方おかただ。あの暗黒通り越して漆黒で邪悪な真っ黒冗句じょうくを笑いぐさにしようっちゅーのがまず困る。私も私だ。進んで負の武勇伝ぶゆうでん増やさなくていいのにね。


 ただ、どうしても我慢がまんならなかった。ひさしく見ていない自信過剰かじょうすぎる傲慢ごうまん女。あの時のあの庭で出会った、相対あいたいした元上尊じょうそん二妃にひたちに通じるものがある。あったクソ女。


 もう、廃妃はいひにされたので別に関係ない。なので、現在私の後ろで呆気あっけに取られている雪梅妃に意識を向けてみる。び、美人だなあ。殿下、私を選んだと言ってもやっぱさ。


 こう、なんていうのか、こういうはかなげな美人が好きなんじゃないのか。名簿を見た時にも思ったけど。内気うちきだの臆病おくびょうだのいう性格や性質のきさきばかりだったんだが。おぎないか?


 私だけで苛烈かれつ成分はもう充分だからあとはしとやかな妃を集めておこーっと、てか?


 ……それはなにかな、殿下。私に対して挑戦しているとかもっと言って挑発行為のつもりですか、喧嘩売っているんでしょうか。喜んで山積みお買いいたしましょうかっ!


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