一五九話 おー猿さん、黙りなさい♪


 いや、マジで金切かなきり声みたいなピーピー、キーキー声がうるっさい。耳障みみざわりとはこのあんぽんたんの為にある単語だろ。うん。さて、どうしようかな。あの困惑顔から雪梅シュエメイは私が言った嫌みの意図に気づいている。気づいてかばわれて驚いているふうだったが。


 あの勘違い女がたたみかけた言葉で自分が感じた私の意図を疑問視しちゃっている。


 洗脳せんのうかよ。なんで自分の思考に自信が持てないようになっちゃっているんでしょ?


 ま、ユエいわくひとは繰り返し侮辱ぶじょくされ、虚仮こけにされ続けると自己肯定こうていが崩れかねないとか言っていた。……かつての、昔の、あのむらにいた頃の私のように。正確には違うが。


 私は大鬼妖だいきよう魅入みいられた鬼の娘として迫害されてきたが雪梅妃は大事だいじに大事に育てられた名家めいかという温室育ちの花。いわば世間知らずの結晶けっしょう。雪のようにはかなりすぎる。


 それをこの、どこぞの元上尊じょうそん徳妃とくひや上尊賢妃けんひに近しくも違っている性悪しょうわるなゴミ女に汚染されている。雪梅妃の、彼女の自尊心じそんしんをことごとく傷つけ、砕きまくっている無礼。


 これだけ罵詈雑言ばりぞうごん浴びせかけられたら自尊心のひとつふたつ砕けるわ。でも困ったことに通常の使用言語げんごが通じない相手なら何語なら通じるだろうか。さすがに異国語には通じないし、ましてや、確認したが未確定生命体な阿呆あほうに通じそうな奇天烈きてれつ言語知らん。


「だいたい、誰よ。皇后こうごう陛下のみやでそんな席に座っているなんてなに様のつもり?」


 いや、てめえがなに様だ。たかが侍女じじょのクセに。うちにいる超優秀なあやかし侍女たちにかせてみようかな。「侍女たる者」みたいな感じの題で侍女講習を受けやがれ。


「厚かましいのよ。皇后陛下がおとがめにならないからってなんて厚顔無恥こうがんむちかしら!」


 それもてめえが言うな。厚顔無恥どころか鋼鉄こうてつも負ける鉄面皮てつめんぴ持ちの阿呆がほざくんじゃない。うっさい猿だよなあ、マジで。……てか、そもそも陛下が咎めないのは私の暗黒冗句じょうく余波よはだから。てめえのうるささで笑いのツボが再来しているせいだから。な?


 だから、いい加減てめえの迷惑被害をじて退場してくれないだろうか? それともなにかな。「こっち」の方がいい、好ましいということだと考えてしまってよろしい?


「ほら、とっとと消えなさ」


「……はあ。先からうるさいゴミですこと」


「は?」


「消えるのはそちらよ。クズ侍女以下の生ゴミ風情ふぜいくさい口を開くなんてはじを知れ」


 とうとう私もキレる。というかいい加減聞くにえなくて辛辣しんらつになってしまった。


 もう、猿にすら申し訳ない。比べちゃうの、比較物にだすの。なにこの生ゴミ女、というわけで円扇えんせんの陰から睨みつけながらつらつらと相応そうおうの言葉を浴びせてやっていく。


 恥を知れ。異臭いしゅうを放つならひとりの時にしろ。そんな人間の腐臭ふしゅうをただよわせて皇后陛下の宮に参じるだけでなく、殿下のちょうをえよう、だって? なにそれ危険な妄想癖もうそうへき


 ありえない。殿下が選んだのは雪梅妃だ。四夫人しふじんしたのは彼女だったら私の苛烈かれつどころか激烈げきれつさが多少薄まるかもしれない、という希望を抱いてだ。けっして激化げきかさせる為じゃない。こんな、ひとをけなして蹴りつけて平気なゴミクズを選んだりしないのだ。


 もしも、なにかの間違いで殿下がこのアホも守備範囲内だの言いだしたら私はきさきの座をす。さっぱりきっぱりきっちり辞させていただきますとも。ゲテモノ趣味なんて。


 そんなそれこそおバカに付き合うほど私の人生暇じゃないので。私の命だって有限だと思う。ハオの影響と月の影響で多少なり長生きしようとも、死ぬ時は死ぬのがひとだ。


 こんなゴミ人間と並べて比べられるなんてそれなに、嫌がらせっつーか極刑きょっけいかよ?


「お、お前、私に向かって」


「はて、どちら様かも存じませんもの。メス猿が騒ぐ、だけならまだしも人間様に向かって失礼な口を叩こうとしてしつけをしないなんて非常識ではなくって? 無駄を好まれない皇后陛下は貴様のような脳味噌のうみそすっからかんの相手などなさらない。ただそれだけよ」


「な、あ……お前がなんなのよ!?」


「ねえ、どこの言語なら通じますの? 一般の公用語こうようごで無理なら私も無駄なことをやめて刑部けいぶに申し出て貴様の鞭打むちうちを願いますが、もしかして「そう」されたかったの?」


 被虐ひぎゃく趣味のある変態だったのか、と訊いた瞬間、相手のが千切れたご様子。とてもでないが記載できない汚い言葉や悪罵あくばの群れが皇后陛下が勉強に用意したへやに流れた。


 相手のクッソ汚い品性お下劣メス猿が肩で息をして整えてもういっちょののしりを吐こうとしたのよりなお早く、皇后陛下が呼びりんを手に鳴らし、侍女、でなく宦官かんがんを呼んだ。


 宦官たちに皇后陛下が命じたのは当然。


「そこにいる汚物おぶつを捨ててきてちょうだい」


「は、ははっ。あ、っと、どちらへ?」


「もちろん、後宮こうきゅうの外へ。そんなけがらわしいだけでなく醜い汚染おせん物体、この後宮という華やかな場に相応しからぬでしょう。嵐燦ランサンが選んだ賢妃けんひ后妃こうひたちに悪影響でしてよ」


「こ、皇后陛下!?」


「あら。空耳かしら、ゴミまみれの猿が珍妙ちんみょうな鳴き声で騒いでいるわ。さあ、一刻も早く後宮外に処分してちょうだい。耳が汚染されて聞こえに支障がでては困りますもの」


 うん、見事なトドメだ、皇后陛下。というかあなたそんな物言いもできるんで、ってところまで考えて思いいたった。これってば私の汚い口の悪影響なんじゃないか、と。


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