一五八話 四夫人のひとりと総意でお困りの侍女


「いらっしゃい、雪梅シュエメイ。お体の調子は?」


「あ、あの、ごし」


「たいしたことありませんよ、皇后こうごう陛下。どうせ、いまさら女性らしさの授業なんてバカらしいと思って仮病けびょうを使ったに違いありません。みやでは元気にすごしていますもの」


「……わたくしは雪梅妃に、訊ねたのよ」


 す、すご。切り返せる皇后陛下さすがの胆力たんりょくでございますと称讃し、絶賛できる。


 それくらいものすっごく不自然なくらい自然と口を挟んできた女の態度でっかい。ははあ、これが例の、くだんの勘違いおバカな侍女じじょもどきですか。そうですか。これは……。


 うん。私の手に負えない気がしてならないのですが、皇后陛下? あなたがそんなげっそりぐったりする女に私がどういう切り返しができる、とおっしゃるつもりですか?


 だってさ、これもう態度がどうこうの問題じゃないと思いません? 主人の病気を仮病扱いとか不躾ぶしつけがひとの形しているだけじゃね、これ。じゃないとこんな態度無理だ。


 ってーか、雪梅妃も主人ならたかが侍女なんだし一言あってもよくないか、と思うんだけどどうして萎縮いしゅく気味でいるんだろう。いかに相手のバカが郷長ごうちょうの娘だろうが雪梅妃の方が立場は上の状態で後宮こうきゅう入りしているんだ。そっちの方が権限は上に決まって――。


 ああ、そういう。この女、後宮入り前に主人である雪梅妃のこといびり倒したな。


 それで元来の臆病おくびょう気質から口だしできなくなるほどに追い詰められているのか。なんかなんとなくではあるがユエと私の関係に似ている。が、決定的に違う。違いすぎるよ。


 月は私を茶化ちゃかしたり、からかったりすることはあれどこんなふう権力者の前でけなしたりだとかは、ない。おちょくってくるがそれは場をなごませる為だったり、私の緊張を察していつものポイントに戻れるようにする為に、だ。だから三妃さんひも月の冗句を流してくれたが。


 この女は違う。単純に自分の方がきさきに相応しいと自惚うぬぼれて思いあがっている阿呆あほう


 断然、雪梅妃の方が私でもいい、と思う。殿下が「この女なら」と思えた筈だよ。臆病者とくくってはおしまいだが、思慮しりょ深く心根が優しく柔らかすぎるからこそ慎重に。


 自分の発言が相手を傷つけないか、不快にさせないかおもんぱかるから臆病になってしまうのだな。それを理解してくれるひとが彼女のまわりに何人いることやら。なんか不憫ふびんだ。


 だが、そんなだから声をあげることひとつにも慎重になりすぎて機をいっするのね。


「陛下、よろしいでしょうか?」


「え? え、ええ。なにかしら」


「偉大なる龍の宮に猿が紛れ込んだようですのでもしよろしければ、極東の島での神話しんわにあるうさぎのように毛皮をいで塩水しおみずにつけてやれば一時いっときうるさくしても黙りましょう」


 ぷふっ。危うく噴きだす一歩手前、そんな音が皇后陛下の唇から零れていったさ。


 私の暗黒冗句じょうくがツボにはまったご様子の陛下は慌てて扇子せんすを取りだして顔を隠し、雪梅妃はぽかん、とした感じで目を見開き、円扇えんせん陰にいる私に視線を注いでいる模様だ。


 そして、やはりと言っちゃあアレだが、こっちも黙っていなかったというか黙るという選択肢がないらしくて私の素敵冗句を鼻で笑って雪梅妃に視線を向けて、……んん?


「どこにいってもバカにされるわね。あんなどこの馬の骨か知れない女にとか笑う」


「ぇ、え?」


「あの女、あなたがおどおどしていて鬱陶うっとうしいって言っているのよ、わからない?」


 ……。ねえねえ、誰かこの女に言語げんごの正確さについていてくれないかな。それともこれは冗句なの? 私は笑ってあげればいいのか、それとも突っ込みを入れてあげる?


 どっちにせよ、すっごく疲れそう。こう、なんだろう。理解させるのに手間暇割かれそうっつーのか。だって、教養きょうよう云々以前の問題で使用言語にさえ不備ふびがあるとかって。


 言葉が通じないなんてそれなに、どこにおもむけばアレに通じる言語が発見できるの?


 てか、まただよ。また主人を虚仮こけにした。ここまでくるとめるし、めるな。どこまで勘違いが激しいんだろう、こいつ。私がバカにして、猿呼ばわりしたのはてめえ。


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