一五六話 朝餉も済んだし、今日をはじめよう


「ご馳走様。よし、みんなも食べてくれ」


「もぐもぐ、ん? なんぢゃ?」


「……てめえにそんな殊勝しゅしょうさ求めてねえよ」


「きっつい言葉ぢゃの~ん」


「水ぶっかけてやろうか、ユエ?」


「お断わりぢゃ、ジン。ちなみにどうでもいいのでうっかり失念したがどこでやるか」


 おい、てめえ、コラ。うっかりとつけりゃあ健忘症けんぼうしょうが許されると思うなよ、女狐めぎつね。何度目だよ、って話な。夜にあかりをつけてもむしが寄ってこないでいいよう花や果樹かじゅが植わっていない庭園ていえんつどう、と誘った。私がいらりしているので赤蕾チーレェイが月に耳打ちしていく。


 その庭園は金狐宮きんこぐうから最も遠く、四夫人しふじんみやそれぞれに近しい庭のひとつ。場所を伝えた時てめえ「舐められんか?」とか言いやがっただろうが!? なんで忘れるんだ!


 私が怒りにイライラしていると月が「おお」とか言って思いだした、いろいろ一気に思いだしたようでいつものお得意なきつねがこれから人間をつまもうっつーゆう笑みにやり。


 こいつがなにを考えているか、とかわかりたくないがわかってしまう。「せいぜい舐められんようにしっかりやれ」だとか「いざとなればツケで助けてやるぞ~」な笑い。


 クソっ、足下見やがってからに! 凛鈴リンレイに贈った酒の代わりというか、泉宝センホウ皇太子こうたいしとの約束でうちの侍女じじょたちが憤慨ふんがいしたのをなだめるのに一役買って「やった」ツケがまだぢゃぞー、というのが言いたいのだ。仕方ないだろ。殿下に会う機会がないんだから。


 それに例え会える機会があったとしたって私にてめえお得意の「おねだり」という技が使えると思って楽観らっかんできるほど私は能天気のうてんきじゃない。殿方とのがたに甘えるなんて、苦手だ。


 どうしてもそういう甘える、という行為が苦手な私は美朱ミンシュウ様につたなさを呆れ、られるというか「絶望的だわ」って感じの目で見られること多々で。ごめんなさい、不出来ふできで。


 でも、その時美朱様には「どことなく陛下に通じるところがあるわね。あの方もあまり甘えん坊って感じのひとではないでしょ?」となぐさめられた。……うん、そうですね。


 あの皇后こうごう陛下が殿方に甘えてものをねだったりだのがあるとはとても想像つかん。


 それも失礼な話かもしれないが、だって実際にそうなんだもん。アレかな、水性すいしょうが強い女はしたたかで冷徹れいてつ傾向けいこうがあるせいで甘える、しなだれかかる、だのが苦手なのかも。


秋穹チューチィォン、支度の仕上げお願いね」


「お任せください、静様」


 よし、これで私は心置きなく自分のことができるな。書斎しょさいにいって課題の著書ちょしょを読みふけり、いい時間になったので昼餉ひるげを食べたあと皇后陛下の黄獬宮おうかいぐう改め黄龍宮おうりゅうぐうへ向かう。


 皇帝こうてい陛下が皇后陛下だけ上尊じょうそん四夫人たちのよう引っ越さないのは不公平だろう、という気遣いで「黄」の字を持って龍の宮へと移られた。当初、青龍宮せいりゅうぐうに越した元上尊徳妃とくひ廃妃はいひになったので文字当てもちょうどいいようだったけど彼女たちの宮はまあ、広い。


 私や他四夫人たちの宮が豆、まではいかないがそれでも半分以下くらいしか規模がない程度には。これが皇帝の妃嬪ひひんと皇太子の妃嬪の差か、と思ったものだ。うむ、公平。


 素晴らしき上下関係だ。き講師役である上尊四夫人と皇太后こうたいごうにおさまる彼女たちと私たちの関係が如実にょじつにでているし、示されている。人生と女の先輩を当たり前にうやまう。


 そう在って当然。それが呑めないの、普通いないと思うんだが三妃さんひの反応からして殿下が選んだ四夫人にも要注意ようちゅうい人物がいるっぽいのは懸念けねん材料だ。殿下、しっかりして。


 あなたね、最後の方適当に選んだとかそういうのでしょう絶対。だから皇后陛下が頭抱えちゃうのが入内じゅだいしちゃったんだよ。困ったことに困ったことに。まったくもうっ。


 陛下だけじゃない。美朱様も桜綾ヨウリン様も、だ。お三方口にこそだされないが「これ危険なやつだわ」というのが入っちゃったのがまるわかりです。頭痛ガンガンにキている。


「月、いくぞ。芽衣ヤーイー、書斎にある本は好きに読んで構わない。いっぱい勉強しよう」


「ぬし、鬼か。……鬼ぢゃったわ」


「るせえ、月。怠惰たいだなてめえと芽衣を一緒にするんじゃない。当人は勉強事べんきょうごとを楽しんでいるんだからいいんだよ。いやなら別に私のことでもないし、強制なんてしないしな」


「はい。私自身の為ですよ、月様」


 芽衣の返事に月は肩をすくめた。この狐のことだから芽衣を変わり者だと思ったかなんかだろうが、口にしないだけは一応大人の対処というか、うん。普通の対応だと思う。


 他人のこと、それも勉強事に口を挟むなんて無粋ぶすい阿呆あほうだ。そのひとの努力をあざけるに同じだし、それこそてめえにない才能をねたんでいる、と取られても仕方ないんじゃね?


 とかなんとか思っていた、考えていたのが悪かったんだろうか。このあと、皇后陛下授業でちょっと、ちょーっとしたことが起こってしまおうとはこの時、予測していなかった私が悪かったのか。はたまた「お・約・束☆」という展開だったんだろうか。ねえ?


 講師の三妃方が頭を抱えてしまう、いわゆる要注意人物というのにお目にかかってしまおうとは思わなかった。それも、なにに驚いたかって? 一番は、これ、だろうな。


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