伍の幕 後宮の一新によって

我がことながら忙しいこった

一五四話 のんべんだらりより多忙が良し


 これは夢だっていうのは私がよく、一番わかっている。ハオ。会いたいと願う筆頭ひっとう


 彼に会える好機チャンスはきっと、私の死の間際という場所に転がっているのだろうから。だからこそ願わない、祈らない、望まない。だって今のままで充分、幸せだもの、私は。


 これが幸福でなくてなんだと言う? それくらい恵まれていると思う。愛してくれるひとがいて、守るべき従者たちがいて、対等に口を利ける気心の知れた仲がいて……。


 さらには学びを説いてくれるひとたちだっているのにこれ以上ってそれなんて天国の様相ようそうだよ。ありえない在り方など私、要らない。私が私らしく在れればそれで、いい。


 満足、というのは人間だし永遠に覚えないんだろうけど、現状に不満はないかな。


 殿下やユエ辺りには欲がない、とか言われそうだがだって、実際すぎるくらい満ちているんだよ、私。満ちすぎて怖いくらい。泉宝センホウとのごたごたがあってから日が経つなあ。


 そう感じる、改めて感じてしまうのはいよいよ殿下が選んだ四夫人しふじんたちとの茶会ちゃかいが明日というか、もう今日か? ここに迫ってきているからだ。乾いた風が心地いい秋本番たる今日の夜に。なぜ夜なのか、というとたんに全員が忙しい昼に時間あわせが大変で。


 昼はきさき授業、私は上乗せで后妃こうひとは! なんて授業も入っているので日中はとてもでないがのんびりできない。それにせっかくの秋の夜長よなが中秋ちゅうしゅう名月めいげつでもある。せっかくだからおもむきを以て今宵、少しの時間語らいましょう、とお誘いをだした。というわけです。


 夜更かしは美容にも健康にも悪いので温かいお茶と茶けで自己紹介と少し雑談ざつだんでもできれば上出来、かな。くらいに思っているのだが、さて、私にきちんとできるかな?


 比べる相手が違うものの皇后こうごう陛下のようにはとてもできないのは知れたこと。もう四夫人たちも講師衆の授業を一回はそれぞれ受けた、と報告されてはいる。あとはまあ。


 じつは好きなのか、ってくらいに出たとこ勝負じゃないがぶっつけ本番くらいな気持ちでいこうと思うのだが、変か? 月には「呑気のんきなやつぢゃのう」なんて言われたけど。


 ……まあ、ね。仲良く親密しんみつにできるとは思っていないし、もしかしたら四夫人の中の誰かが私より先に殿下と関係を持つかもしれないんだー、ってのもわかってはいるさ。


 でも、そんな小さなことで嫉妬しっとしているわけにはいかない。殿下には必ず世継ぎを残してもらわないとならない。私にその機能が備わっているかというのは、黄色信号か?


 つきみちはあるが、別段気に留めるほど重い症状がでるでもないというのはまあ個人の差だとして、身の内に鬼妖きようを宿すこの体は正常にひとの子をはらんではぐくめるのだろうか。


 あやかしと人間でははらに、母親の胎内たいないにいる期間がまったく違うのだ、と緑翠リュスイ紫玉ヅイーが言っていた。人間が二八〇日余り赤子を胎に留めるのに対してあやかしはほんの一月ひとつきほどで懐妊かいにんがわかり、そこからはあっという間で二月ふたつきもあれば、すぐにポン、だそうだ。


 その代わり、ちちをやる期間、というのは人間よりも長く取る者が多いとも言っていたような。母乳ぼにゅうに含まれる母親の妖気ようきを充分に子の体内にいき渡らせる為、なんだとさ。


 へえ、と思っちまった。私は人間の乳もあやかしの乳ももらったことないからな。


 てか、このまずしい乳房ちぶさで満足に乳がだせるんだろうかっつー疑問もあった。だって緑翠も紫玉も結構いや、かなり私より大きい。つか、子以前に殿下はどうなんだろうか?


 巨乳きょにゅう好きな殿方は多いのか少ないのか私ではわかりかねるが、月は「男の趣味しゅみ嗜好しこう多岐たきに渡りまくるので知らん。訊いてみれば済む話ぢゃろ」だの言っていた。アホか!


 殿下と茶会をするにしたって「乳の大きさはどのくらいが好みですか?」なんて話題振れるかよっ。変態じゃねえか、もう完全無欠にドがつく変態扱い喰らっちまうって。


 ただ、かといって同性なら許されるわけでもないのは重々承知。四夫人が揃ってまず見るのが乳、て弩級どきゅうの変質者じゃん。比べるなんて仲でもない。それでいえば月だが。


 あいつは大きいだの小さいだの以前に形がもう絶品であるので完敗。白旗だって。


 アレは結構衝撃強かった。そりゃあ、私だってお歳頃でどういう胸が綺麗か、なんてのくらいはわかる。張りがあって弾力も申し分なくて、形もお椀のようなのが素敵だ。


 美乳びにゅう目指して胸の、土台となる部位に筋肉をつけ足そうかな。元より筋肉質寄りの体なのだし、ちょこっと足すくらいはわけない筈だ。……どこを目指しているんだろう?


 私は殿下のきさきであり、ほこたてであればいいのにこんなことにうつつを抜かすなんてどうかしている、のかな? でも、后として美しく高みを目指すなら綺麗を目指すの正しい。


 乳の話しかしていないような気がするが、ま、いっか。誰が私のこの夢を覗いているわけでも、忠言ちゅうげんしてくるわけでもないんだし。そう考えると気が楽になっていくなあ。


 別に気張きばらなくてもいい、私のままで、と殿下は言って甘やかそうとしてくるがそれでは私がダメになる。常に研いていないと蹴落けおとされる。それが後宮こうきゅうという場所だし。


 殿下がどう言ってきたって揺るぎない。後宮で生きる。そうして生きていくと決めた以上甘えは厳禁げんきん。自分を卑下ひげする言葉なども美朱ミンシュウ様に言われて禁句きんくとなった。そして。


 私にだって一定以上の欲はある。殿下のちょうを受けたい、愛していただきたい、一緒に生きていきたいという欲望が。浩に会いたい、とは別のところにある大きな欲である。


 口づけだけで我慢、とも思ったが私も女の端くれであり、その機会があればあずかりたいと思ってしまっている。これは我儘わがままいなか。これも私が自分で悟ってこそなんだろう。


 まあ、いい。もうしばらくは殿下も泉宝との戦処理に精をだされるとのことだったので女同士でやるべきことをやっておこう。果たして誰がどういう反応を示すのやらだ。


 ああ、夜が明ける。朝が来る。今日は夜に行事ぎょうじが入っているというか、入れちゃったので疲れてよく眠れそうだ。なんてね。疲れすぎると寝つけないとも聞くからほどよく疲労するくらいで済めばいい。殿下が選んだ妃たちがどんな女性なのか見極めよう。


 起きなきゃ、起きよ。起きたら朝餉あさげしょくして、今日までにとだされている課題著書ちょしょを読んでしまって軽く実践して、あとは昼から夕までの時間は皇后陛下の授業があって。


 帰ったら夕餉ゆうげを搔き込んですぐ茶会の支度したくを。いや、侍女じじょのみんながしてくれるけど私だって働きたい。仕事を取らないでくださいと怒られるがおもてなしだから。うん。


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