一五二話 翌朝は久しぶりの自由休みの日


 そうして、翌朝。起こしに来た芽衣ヤーイーユエにしっかりあきれられた。いや、正確には月に呆れられて、芽衣には心配された。になるかな? なぜか? というと寝坊したから。


 まあ、今日はおもだった予定はない。と、いうかこうなるかもしれないことを想定してなにも予定を入れていなかった。ということになるかな? じゃなきゃ朝っぱらから支度大戦争になっちゃうもの。そして、然樹ネンシュウ皇太子こうたいし侮辱ぶじょく論争大合戦が開催されてしまう。


 ……恨みつらみはわからんでもないが、そこまで根に持たなくてもいいのになあ。というのも私の主観になっちまうので言わないでおくが。月は私の髪にくしを通し、芽衣は蒸し布巾を差しだしてくれたので受け取って顔に当てる。あったけえなあ、極楽極楽ー。


 って、私はじじいか。せめてばばあがいい。って問題でもなくさてと今日中に諸々もろもろの支度を終えてしまっておこうか。四夫人しふじんたちとの茶会ちゃかいの支度大詰めをやっつけて課題をこなし。


 せっかくの一日自由休みの日。で、あれどやることは山盛りあるので大変だけど。特段苦にならないのは私が、私の感覚がおかしいのだろうか。それとも、なんだろうか?


 うーん、まあいっか。なんにせよもう予定組んじゃったし、そうとなればやるっきゃないの一択だもの。冷めた布巾を芽衣に返してちゃっと着替え、髪をわれて降りる。


 すぐさま芽衣に声がかかり、朝餉あさげとなった。今朝の食事はなんだかこう、せいがつきそうといいますか、元気になりそうな献立こんだてにしてあった。……殿下のご配慮、だろうか?


 白湯さゆを一杯いただき、朝餉に手をつけていく私は今日の予定を、やっておくべきことを頭の中で反芻はんすうしていく。たしなみの勉強して、茶会の準備を詰め切って、作法さほうを学んで。


 あとはちょこっとずつはじめていることだが、演舞えんぶの練習をして、茶のれ方を本格的に整えて、といっても四夫人をまねいての茶会で私が淹れるわけではないのだけども。


 アレだ。教養のひとつにあった方がいい。と美朱ミンシュウ様に言われたので茶道さどうも授業してもらっている。さすがに極東きょくとうの島国にあると聞くお花、だの陶芸とうげい、だのいうのは誰もしないらしいが、お茶の作法は農民ならまだしも貴族娘なら嗜んでいて当然とのことだった。


 どこにとつぐのかわからないのがこの国。より家を繫栄はんえいさせるところへ娘をやるに当たって親はできる限りの芸を叩き込むのだとか。あ、だからと女って大変だのは思わん。


 男性は男性で武芸ぶげいや文字の読み書きの能力が必須ひっすになってくる。机に、つるぎに、馬に齧りつき状態となる。戦場いくさばでは馬に乗れねば話にならず、文字が書けねば官吏かんりの道はついえるのだ。武芸が苦手、生まれつき体が丈夫じょうぶでないなら机仕事しかない。できねば穀潰ごくつぶし。


 そう、決まっている。生まれながらに男だ女だ、というたかが性別という符号ふごうで私たちは決めつけられ、道に縛りつけられる。それを逸脱いつだつするには相応の努力がるのだ。


 おこたることは許されない。男は国を表に陰に護るべしとされていて、女はその男を支える為にあらゆる面で戦うべし、とさだめられている。女の戦場せんじょうは様々だ。他種多様だ。


 台所での食事は支度。掃除の徹底。洗濯でいつでも夫の身なりを整える。家の外にでてもおく同士で腹芸はらげいをせねばならない。井戸端いどばた会議は嫌みと噂の投げつけあい、とす。


 男性の戦場はひとつだが、苛烈かれつを極めている。死にゆくともがらむくろを踏み越え、敵のかばねを山に盛り、血の大河たいがを築き、武功ぶこうを立てる。男あっての生活か、女あっての暮らしか。


 どちらかがけても成り立たない。そうした夫婦、というのは仲がいいそうでそういう男女を例える際に「天にらば比翼ひよくの鳥。地に在らば連理れんりの枝」といわれるのだと。


 ふたつの例えだが、意味はどちらも離れがたいくらい深く繫がっているよ、という意味なんだって。……私と殿下はそうした仲になれるだろうか? 無理、かもしれない。


 だって、殿下は私だけの夫ではない。いかに、どんなに離れがたくとも手を放さねばならない瞬間瞬間が必ずある。ここは、後宮こうきゅうとはそういう場所だからそう、当たり前。


 その当たり前が胸を締めつけるのは、気のせい。私は殿下が好きだ。大好きだ。だからこそ殿下に幸せになってもらう為、後宮でお力添えする存在となる。皇后こうごうだろうが、一きさきだろうがそこは変わりない。変わらなくていい。変える必要もない、と思っている。


 殿下を、ひとり占めしたい。そんなのは浅ましいいやしい考えに違いないのだから。


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