一五一話 お礼のお土産を持たされて


 私が安堵あんどの息をつくと聞き咎めたのか殿下がずんずかやってきて然樹ネンシュウ皇太子こうたいしの腕から私の体をがばっと奪い返した。然樹皇太子は殿下の剣幕けんまくに驚いた様子だがくすくすと。


「必死だねえ、嵐燦ランサン。怒られたとか?」


「貴様には関係ないっ!」


「あは、図星ずぼしなんだ」


 殿下、殿下ったら。どうしてあなたはそう正直なんだっつーか腹芸はらげいに向かないにもほどがあるぞ。そんなことだから然樹皇太子がからかってくるんだ。叩いたら必ず反応する玩具おもちゃみたいな扱いされているのだ。どうか気づいてくれ、殿下。不名誉でしょうがよ。


 でも、それを指摘する気が薄れるくらい殿下が私を守る腕の熱が心地いい私も相当どうかしているんだろうな。ま、これでこの日やるべきことはすべて済んだし、よしだ。


 その後、四半刻しはんこくは皇太子同士の口喧嘩っつか幼稚な物言いでのののしりあいを延々聞いて聞いて、飽きてきたので私は殿下の腕に手を添えて無言で「帰りましょう」と告げる。


 これには両皇太子も黙る。なぜかはわからないが、このふたり私の困った顔に弱いとかそういうの、だろうか? なにそれ。そんな共通項があるならもっと仲良くしてよ。


 それともなにか。同族嫌悪どうぞくけんお、とかそういうやつでしょうか。が、ガキくせえ。おふたり共いい歳なんだから、そこの分別ふんべつはつけてもうちょっと大人になったらどうなのかね?


 大人同士、互いに利のある取引しに来ただけだとか飢えをしのぎに来ただけとかさ。


 それ以上の感情はこの場に不必要。あくまでも公平な取引に赴いているんだって忘れないでほしいし、泉宝センホウとのごたごたはもう片がついたの! それでもう、おしまいっ!


 で、先に折れたのは然樹皇太子の方。彼は私になにか放って寄越して暗がりに消えていった。ん? あとで確認しよ。ということにして私たちも馬車へと戻ったのだった。


 再び、来る時より少し濃くなった闇の中を馬車があかりを点けて走りだしたので私は殿下の肩にもたれてちらちら覗く灯りで然樹皇太子が寄越してくれたなにかを確認した。


 ……あんがたっぷり詰められた重たい大きな月餅げっぺい、だった。これはつまりなに? 「僕の為に消耗しょうもうしただろうからこれ食べて元気になってね」という意味あいだろうか。思わず笑みが零れる。さりげなくてくすぐったい気遣い。私はそれを千切って頬張った。美味うまあ。


 躊躇ちゅうちょなく食べはじめた私に殿下が微妙な顔をしているのが暗がりでもわかった。欲しいんだろうか。殿下も茶会ちゃかいをする時の茶けはどちらかというと甘味かんみが多い傾向だし。


 なので、私は月餅を千切って殿下にも渡した。殿下はすると今度こそ虚を衝かれた顔でおろおろしたが、私が首を傾げる前に受け取ってかぶりついた。……。食べ進める。


 どうやら文句のつけようがないくらい美味しいらしい。そうだよね。私も月餅は何度か食べたことがあるけどこんなにこってり甘くてでもすっきり美味しいのはじめてだ。


蜂蜜はちみつを使っているようだな」


「ああ、なるほど」


 蜂蜜ねえ。高級品だ、と聞いていたし、さすがにまだ食べたことなかったのでそれではじめて食べる味わいだったってことか。餡と一緒に滋養じようにいい蜂蜜を入れているの?


 贅沢ぜいたくなお礼だ。いや、食糧供給でうるおっている泉宝の財力、というよりは自然の恵みをえる手法に詳しい彼の国からすれば養蜂ようほう程度の技能はお手の物で珍しくもないってか。


 なんてこと考えながら殿下と仲良く月餅わけあって夕餉ゆうげあとに食べる甘味って感じで堪能した私たちは金狐宮きんこぐう前に帰ってきて、殿下が玄関までは送ってくれたのでおやすみなさい、を言って別れた。別れ、ようとしたが、殿下の唇は私の唇を少し掠めていった。


「おやすみ。ジン、いい夢を」


「……、あ、殿下、も」


「……。はは、どんなぜいを尽くした食事よりなにより静の唇がよほど甘美かんびなんだな」


「! なに、を言っているんですか」


「ん、だいぶ敬語が板についてきた。では」


 では、と片手をあげて殿下は暗がりに停められた馬車に乗って皇宮こうぐうへと戻っていったようだ。ガラガラ、と音が鳴る。馬のいななき。去っていく馬車を見送るのに門をでた私はもう見えなくなっていたそれが無性に悲しくって仕方がなくなってしまう。情けなーい。


 これしきの、たった少々の別れが惜しいだなんて私だって、私こそ殿下のこと言えないじゃないか。いつから私はこんな淋しがりになって弱くなっていたんだ。アホ臭い。


 暗闇になりゆく世界に伸ばしかけた手を引っ込めてみやに入る、と侍女じじょたちと芽衣ヤーイーが寄ってきて総出で心配してくれた。その中にユエの姿はない。玄関の間でひとり晩酌ばんしゃく中だ。


 お使いも無事に終わっていたようで、みな寝ないで私の帰りを今か、と待って待って待ち侘びていた。私はお土産の月餅を「らん」と断られたので食べ切って寝室へと。


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