一五〇話 宵のおでかけ


「ご馳走様。じゃあ、いってくる」


律儀りちぎなやつぢゃのう。放っておけいえ」


「条約違反になっちまうだろ。留守よろ」


「……。ふん、とっとといって帰るがいい。どうせ皇太子こうたいしが一緒なら長居はせんぢゃろうしなあ。四夫人しふじんたちもまだ入内じゅだい後間もなく、早速ぬしから誘いがかかると思っておらなんだようだ。各みやはてんやわんやしておるようぢゃぞ。いろいろ罪深い女よの~う?」


 このきつね、いつでも嫌みを忘れない。クッソ腹立つがこれもこいつの特性、ということで処理しておかないと脳の血管が切れてキレちゃう。いちいちキレては身がもたない。


 芽衣ヤーイーはじめ我が金狐宮きんこぐう侍女じじょたちは不機嫌そうであるが、ユエの嫌み、あるじに対する態度じゃない、間違い態度には苦笑している。……ああ、わざと嫌みでなごませたなこいつ。


 仕方がない、といえばまあ。今回結んだ条約に抵触ていしょくするから、と言ったって彼女たちにとってしてみれば新たに働き口を示した私がまるで生贄いけにえのようだ、と言いたいのだ。


 それを止めなかった殿下へも不満を募らせていそうだったが、月の嫌みで殿下も私が提示したこの案に反対どころか大反対! とわかった様子。殿下が一緒なら平気とも。


 そうして不機嫌の鉾先ほこさき曖昧あいまいにしてくれた。くっ、にやにやしやがってわかったともわかりましたよ。殿下に言っていい酒を一本ねだってみよう。通じるかな、おねだり?


 うーん。私が言ってもぶっちゃけあまり破壊力なくないかねえ。それこそそういうおねだりは月の十八番おはこ。私、そういうの、殿方とのがたに甘えてものをねだるのって苦手だしな。


 はあ、やれやれ、気が重たい。そう思っていると金狐宮の門前に馬車が停まる音がしたので宮をでていく私は軍装ぐんそうだ。時刻はとばりが落ちて間もなく、辺りは薄暗い闇が張る。


 で、私が宮の玄関からでたと同時に待ち人が門をくぐってきた。……不機嫌。超すっごくものめっさ不機嫌だ、殿下。むす、と膨れ面でいるが私が困って微笑むとバツが悪そうに顔をそむけてしまう。はは、正直ですね。さて、さっさといってちゃっと帰ろうか。


 殿下のたくましい腕を宥めようと叩こうとしてそれより早く手を差しだされたので一瞬きょとん、としてしまったが、素直に手を乗せて歩きだす。数歩で馬車に到着し、乗る。


 続いて殿下が乗り込んで小窓のところをとんとん叩いて合図。馬車が走りだす。後宮こうきゅうの大きな門をくぐって抜け、天琳テンレイの国から少し東に向かった先。断崖絶壁が景色を殺伐さつばつ変貌へんぼうせしめたそこで馬車が停まる。殿下が降り、私も降りる。夜だとちと不気味だな。


「待たせたか?」


「なんで嵐燦ランサンも一緒なの」


「俺の妻を他の男とふたりで会わすかバカ」


「はいはい。君と口論しに来たんじゃない。早速だけどご馳走になりたいね、水花スイファ


 殺伐殺風景さっぷうけいな場で待っていたひと、会合かいごう相手は泉宝センホウ国皇太子、然樹ネンシュウ。そう、一時和平わへいに際して私が提示した案。あやかしを狩らない代わりに私が定期的に妖気ようきを提供する。


 私の宮に新しくつかえてくれているあやかし侍女たちは事情を聞いて「なぜ!?」と怒り狂ったが、これで他のあやかしが新しく不自由こうむることなく、然樹も飢えない。


 一石二鳥……以上かな? だって、泉宝の皇帝陛下が息子の、皇太子の窮状きゅうじょうに手を貸してくれることに感謝して食糧しょくりょうを多めに融通ゆうずうするよう手をまわしてくれる、そうだし。


 これが殿下には面白くない。よって機嫌が悪いのはわかります。ほんの少々の我慢がまんですって。「待て」というか我慢を覚えてくださいよーっと。てので私は殿下に微笑みかけてそっと彼と繫がれた手をほどいて然樹皇太子のもとへ向かった。背に不機嫌を感じる。


 感じたけど一切意に介さない様子の然樹皇太子の手に手を乗せて、引っ張られる。


 然樹皇太子の腕の中にさらわれた私だが、不思議と泉宝にとらわれていた時のような危機感はない。そうして危なげを覚えないうちに然樹皇太子は私の首筋辺りに顔をうずめた。


 ぞわり。幾度か覚えた吸妖きゅうようの感覚。ゆっくり味わうように吸いだされていく感じ。


 びくつきたいのを必死でこらえて吸いだされるに任せる私は自分で自分の袖を噛んで堪えるのに歯を食いしばる。そうして吸妖はそう時間もかからず終わってくれてほっと。


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