ひとつ片づき、またひとつ持ちあがってくるもんだ

一四八話 早駆のよう贈答品、なのだが


ジン、起きておるか?」


「ん。なに、ユエ


「なんぞ知らんが、荷が届いておるぞ」


「んー。あー、これも挨拶のうちかもな」


 寝起きで身支度していたら寝室の外から月のおかしげな声が聞こえてきて応える。


 月はもちろん、このみやに仕えるあやかし侍女じじょたちさらには私というきさきにもわかる。わかってしまうほど強烈なアレが荷として届けられた模様もよう。挨拶のうちかね。やれやれ。


 そう思ったので私も月に調子をあわせて応えて身支度を終える。寝室の外には月だけでなく芽衣ヤーイーの姿もあった。こちらはしかめっ面をしている。はは、穢れ知らない証だ。


 芽衣は月に「笑い事じゃないのにっ」みたいな目を向けているが私が彼女の頭を撫でるとぽふっと赤くなった。私に負の感情を見せたいわけじゃなかったのに、ってかな?


 可愛い、このコ。でも、そんなに純粋すぎると後宮こうきゅうではやっていけないので二、三回頭を撫でてやり、なだめてやって下に降りる。玄関の間に困惑と一粒恐怖を抱いた顔で宦官かんがんが数名立っていたので私は袖で顔を隠して一応、事情を聴いてみることにしておいた。


「何事でしょうか?」


「そ、その……」


「ええ」


「……。あの、やっぱり持って帰りま」


「それで、鞭打むちうたれる趣味でもおありで?」


 びくっ! と宦官たちが震えあがった。顔を見あわせておずおず、といった様子で三人が一度宮の外にでて月の言う荷を運んできた。箱だ。箱が三つだったわけだが、な。


 ただよう血臭ちしゅうからして生ものというか、なんというかといったふう? 代表になっている宦官は私がくすり、と笑ったのを聞いて震えあがった。ん? なんで震えるんだ?


 まあ、いいけど。この宦官がどういう意向でこいつを持ってきたのか、なんての。


「お、おそ、恐れながら静様に」


「どなたから?」


「……四夫人しふじんはおひとり、凛鈴リンレイより」


「ありがとう、とよろしくお伝えして」


「ええっ!?」


 私は運び込まれた荷をおろさせてさがるよう合図して手で開けるよう伝えた。中身はおそらくもなく「そういうもの」だ。これが他のきさきだったらアレだが、凛鈴妃ならば。


 彼女の家、というか民族柄充分にありうる贈答品なのでなぜ宦官たちがぎょっとしたのか、意味不明。で、開けられた箱の中身はといえば新鮮なしし、鹿、兎の三種だった。


 途端、宦官たちが「う゛っ」という顔をしたのも不可解。美味しそうなのにねえ?


 凛鈴妃。西の遊牧ゆうぼく民族の出である彼女の真意、というものはわからないが、一応彼女なりの厚意から贈ってきたモノだと思っておいて今朝の食卓に並べよう、というの変?


 芽衣は「うええ」とでも言いたげな顔だし、他の侍女たちもこれを贈られて平然としている私の態度に「どういうこと?」って感じだ。朝から悪意など探すなんて不毛ふもうだ。


 せっかく贈っていただいたんだし、新鮮な間に調理しよう、ということで月に頼んで毛皮の処理と丸焼き調理を頼んだ私は宦官たちに「さっさと帰れ」と手を振って帰す。


 月は楽しそうに喉でくっくと笑いつつ、宮に設備されているくりやに運ばせてそこで処理と調理をはじめていく。兎の毛皮は特にしつがよさそうだったし、先で首巻きにいいな。


 あとのは、どうしよう。猪のは頭皮を適度に刺激する異国のくしに豚の毛が使われているらしいし、応用できるだろ。鹿は、うーん、どこに飾ろう? 賓客ひんきゃく用応接間、かね?


 しかし、殿下が寄越してくれた名簿では内向ないこう気味に見えたとあったが、いきなり嬉しい贈り物をしてくれて気配り上手なんだろうか。悪意、だったら失敗だったね、だが。


 おそらくもなく違うだろう。じゃなきゃこんな食えてその上二次活用可能な獣を上手に締めて、丸ごと贈らずズタボロに刻んだり、もしくは使い道のない生物だった筈だ。


「さ、みな、今日もよろしくね」


「は、はい」


「芽衣、朝餉あさげをもらってきて」


「あ、え、は、はいっ」


フォン紫玉ヅイー緑翠リュスイ赤蕾チーレェイの四人は朝餉が終わったらお使いにでてもらえるかしら?」


「はい。あの、静様、贈り主の妃へは」


「丁重にお礼を。私もなにかお返ししたいのだけど。そうね、間にあわせで失礼だけどお礼の酒を一瓶ひとびん持ってお茶会ちゃかいでまたきちんとお礼をしたい、と伝えてもらいたいわね」


 これに、私のお礼をしたい、という意図が半分ほどわかっていなさそうながらも緑翠が頷いて凛鈴妃の下へいってくれることになった。彼女なら穏やかだし、大丈夫だろ。


 私のお礼だけ、きちんと伝えてくれる。悪意の勘繰りもなにもなく、伝言して謝意を述べてくれるだろうが。一応月に同行を頼もう。で、あいつの酒からひとつもらおう。


 そうこう計画してそれぞれに今日やっておくことの指示を終えたと同時に芽衣が帰ってきたので、しっかりした朝の食事をとった。月に調理させた肉も少しもらっておく。


 活力がるしな。これから后としてやっていくのに頑張らないといけないわけで。


 あ、兎美味しい。なんて朝餉をぱくぱく平らげて月に毛皮加工を依頼ついでに酒の上等なやつをひとつ寄越せ、と言って舶来はくらい紅酒こうしゅをもらった。西の方では酒は当然のたしなみとされているし、凛鈴妃も結構強い、と殿下の名簿にあったので酒精しゅせいの強いモノにした。


 紅酒は輸入物の中ではダントツ酒精がきつい。下戸げこが飲んだら一口で潰れるほど。


 それに紅酒は西の方でつくられるものが多いので懐かしく思ってもらえるといい。


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