一四七話 届けられた「后」としての仕事


四夫人しふじんの、名簿? なんでまた」


「さあて。わらわに訊かれても困るわえ」


 陽が暮れていく。赤焼けの空に青紫がとばりとなって広がっていく中で目覚めた私は一度寝る為に脱いだ風呂あがりに着ていた斉胸さいきょうの服を着込んで帯を締め、下の階に降りる。


 夕餉ゆうげのいいにおい。私の調理ではできない揚げ物や本格的な料理が着々食事の場に使っている応接間の手狭い方に配膳されていっているようだったので、私は黙って着席。


 すぐに芽衣ヤーイーが合掌して食前酒しょくぜんしゅから毒味していってくれる。……こどもが飲酒、という点に関してはこの際目をつむろうと思います。なによりあのコもあやかしだから。うん。


 なーんて、苦しい暗示あんじをかけて未成年飲酒を必要に迫られて、と言い訳で固めて黙認した私のもとに酒の杯が届けられる。給仕をしてくれるのは妙齢みょうれいあやかしの中でも歳若い方になる、と説明されたひとでフォン、という名だったか。名の通り風の扱いにける者だ。


 で、食前酒を一口含んだ私に別のあやかし侍女じじょが巻いた木簡もっかんを届けてくれて、説明はユエがしてくれた。四夫人の名簿が届けられたが、差出人を確認して噴きそうになった。


 皇后こうごう陛下梓萌ズームォン様だったからだ。軽く噎せる私に手巾しゅきんを渡してくれた侍女の赤蕾チーレェイが私の様子を見つつもうひとつ木簡――こっちは一枚の切れ端だ――を渡してくれたのだが。


 驚きの内容すぎて私、石になった? とか思っちゃったくらいびっくり固まった。


 そこに書かれていたのは「近いうちに顔あわせをしてしまいなさい」っつーような内容でした。……これはアレだな。戦後の、私がやるべき処理は全部殿下に押しつけろ。


 その上で后妃こうひ候補としての責務を果たすのに労力を割きなさい、という鬼指導か。


 いやまあ、うん。いつかは顔をあわせねばならないというのはわかっているし、そうしなきゃ殿下が延々とお預け喰らい続ける。わかるけど、私、茶会ちゃかいの進行なんて……。


 顔あわせ、といってもただ挨拶しておしまい、ではないだろうし。一応それなりにもてなさねばならないだろう。こればかりは私の、きさきの仕事だし、こなすべきこと代表!


 と、なるんだろうからやるしかない。私は赤蕾に陛下からの切れ端木簡を預けて芽衣が毒味を終えるまでに四夫人の名簿、というのに目を通しておくことにしたわけだが。


 ふむ。名家めいかの令嬢から裕福な商家しょうかの娘。あとは西の西も向こうに位置する遊牧民ゆうぼくみん一族からひとり。で、残りひとりは南の領地でも異国寄りにあり、珍しい肌色の女性とか。


 軽くだが、人相の特徴と名前が書かれているので照合していく。この天琳テンレイ国の人間はさておき、異国の民を半分四夫人に据えるとか、殿下、思い切ったことをしたもんだ。


 西の遊牧の民は広野こうや荒野こうや、緑と赤土あかつちの大地が自然美の妙をつくりあげる広々した場所で騎馬きば鷹匠たかしょうの腕を研いている芸自慢だとか。もうひとり、南のきさきは褐色の肌にあおの瞳だそうな。褐色の肌。想像がつかない。異国に近しい者をふたり入れたのはなぜだろ。


 だから皇后陛下がぷんす、としていらしたのだろうか。いや、あのひとも人種差別はなさらないのでなにか他に理由があるのかな。だって、殿下だし。しょうもないこと?


 そういう手のことを言って我儘わがままぶっこいてえある四夫人にそういうひとたちを選んだのかもしれない。殿下は時としてとてつもなくこどもだし。ガキなめんをだしたとか?


 うむ。この名簿だけではやはり判じかねる。私は月に頼んで各たちに文を届けるに必要な手紙を書く道具一式を書斎しょさいに用意してもらうよう頼んでいると毒味が終わった。


 私も合掌して食事をはじめる。前菜、あつもの、主菜、主食、箸休めなど多彩な食事を事前に言っていたのもあって適量で済ませ、侍女たちにも食事をするよう言いつけ書斎へ。


 待っていた月に頼んで文を書きはじめる。月は添削てんさく係だ。で、四半刻しはんこくですべて書きあげたので支度して一階へ。一足早く食事を終えていた冬梅ドォンメイが月に引っ張られていった。


 うん、なんだ。月いわくのいける口らしいので月の晩酌ばんしゃくに付き合わされるようだな。


 文の添削を手伝ってもらったので三妃さんひにお土産みやげというか、心労癒やしてね、というので持たされたお見舞いの酒を開けるのを許してやり、私は茶会の段取り計画に入った。


 どんな茶を振る舞って、菓子はどうするか。それだけとりあえず決めておこう。そう思ったので必要な品を書きだして、こちらの手配は秋穹チューチィォンに任せた。沈着とした年配のあやかしで菓子や茶の等級に詳しいので適任。みんな、仕事をもらえるのが嬉しいみたい。


 普通だったらこんな雑事ざつじ面倒臭い、と言うかと思ったのだがそういうの全然なくなので月が面倒臭がりだっただけなのだな、うん。と落ち着いた私に秋穹が早速報告をば。


異文化いぶんかの方もいらっしゃいますし、紅茶をだされてはいかがかと存じます。等級は顔あわせですし、中の上程度でよろしいものと。茶けはこちらを参考になられては?」


「ありがとう。仕事が早いな」


「恐縮です、ジン様。これからの季節柄、味の濃いものが好まれるかもしれませんね」


「そうだな。……んー」


 私が窓の外を見て唸ると秋穹ははて、と首を傾げて私が見る先を見た。雲ひとつない空には星と半月が光を放ち、輝いている。月が言うには月光のアレはたんなる太陽光のうんたらで特別惹かれる意味がわからん、だのだったが諸々台無しになるので無視した。


 綺麗なものを綺麗だ、と思ってなにが悪い。いや、悪いとはまでは言っていないがでもいちゃもん紛いをつけるのはやめてくれ。なんか神秘的な空気が薄れてしまうだろ。


 でも、な。皇后陛下主催の茶会は朝から昼前にかけてだったが、それに倣う必要もないだろう。というわけで思いついたことを相談すると秋穹はすぐ新しい提案をして、入用になる品物を一覧にしてくれたので私が最終確認をして、その日までに発注を頼んだ。


 で、いい時間になったので侍女たちと月に少しだけ先の予定を話してから就寝解散を言い渡し、私も寝室に引っ込んだ。で、大きな鏡の嵌まった鏡台に面を置いて寝台へ。


 就寝着に着替えて布団にもぐった。さて、将軍としての忙しさが去ったので今度は后候補として妃たちに会う支度に忙しくしなければ。忙しいがその多忙さもまたわずらわしさの欠片もなく満ち足りていてとても、とても楽しくてならない私はおかしい、だろうか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る