一四六話 いつか来る、その日まで……――


 それが先々の遠いところか、直近にあるかは不明瞭だが機会はまだあるよ、殿下。


 だからそんなにずどーん、とおもっくそ落ち込まなくてもいいじゃない。次回に期待ということで楽しみが先に延びただけ、というのはよくがない私の感想、なんだろうな。


 だって、殿下ずっと我慢している。私の気持ちの整理を待てと言われて、四夫人しふじんを渋々選んで、私だけでいい、私がいればそれでいい、と言ってくれたひとなのにまたもやお預けというのはきっつい、ということだろうか。生憎あいにく男性の性欲せいよくの程度、不明だしな。


 私はほぼほぼ、に等しいので余計にわからないというのはあるが。殿下の性欲ってどれくらい強いんだろ? ってのも訊かないでおこ。ユエに「寝室ならいいな!」とかって宣言されて昼日中からヤっちゃいけないとは思う。それに戦後処理もあるでしょうし。


 いかに穏便な解決で決着したといっても戦が起こったのはたしかだし、犠牲があったのもたしかで、こちらに犠牲がどのくらいあったか、私は把握していない。私の連れていた分隊は全員無事だと月がちょこっと零していた。が、それだからと仕事なしはない。


 一応、一将軍として報告書を作成したりだのがある。……だろうと思っていたが。


ジンの報告は俺の方であげておいた」


「え。え、いえ、ですがそれでは」


「なにより、報告できることもそんなにないんじゃないか、と感じるほどだったし」


 ……ああ。そうか。このひと私に格好つけようと(月だん)ひそんでいたんだっけ?


 予備の矢や弓につる火種ひだねを積んでいた荷車に隠れていた、って話だったっけ、な。


 まあ、結果としては非常に格好悪かった。


 バカまっしぐらを披露したも同然だったし。そのせいで月に殴られただの、殴るのは当然の義務でやっただけだからだのとひとりと一体からそれぞれ聞かせられたもんな。


 月は「ド阿呆あほうを殴ってわらわの手こそが痛かった。バカきんがついたしの、一〇回手洗いしたわえ」とかなんとか。ひどい。阿呆だけならまだしもバカ菌がついた、ってーのは。


 さすが、意地の悪いきつね様だ。容赦ようしゃなし! それどころか私に殿下のその後の取り乱した様子をチクチク語ってくれてそれとなーく殿下虐めを公然こうぜんおこなっていらしたもんね。


 まあ、あのアレだ。皇后こうごう陛下たち、とうと地位ちいる女性たちも同意見ってのでちと庇いがたい感じになっちゃったわけだが。月にもう少し加減してやれ、と言っておくよ。


 ひとは反省できる。殿下が私を一時といえ失ってそうしたように。あやまちや間違いに気づけたら正せるひとはきちんと正せる。過剰かじょうか正常か不足か。程度は違えど、だって。


 殿下がどの程度反省しているか、そんなのあの優しい口づけにすべてこめられていたのくらい気づけた。然樹ネンシュウ皇太子こうたいしと違う、全然違う、優しくて温かい繫がり。はじめての一体感は特別でとても、とても柔らかい気持ちになれた。生れてはじめての感覚だった。


「殿下」


「ん? どうかしたか、静」


「ご心配をおかけし、申し訳ありません」


「……いや、俺の過失かしつのせいだ」


我儘わがままを聞いていただきありがとうございます。あのようなことを私如きが進言するのは越権えっけんどころでなく無礼を極めていたでしょう。それに殿下個人もおいやでしょうに」


「いい。そんなもので俺のとがを償い切れるとは思えていないからな。それにあの陰湿いんしつ皇太子に恩を売る機会でもあった。父上も賛成の上で可決された案になんの不満があっ」


「ですが、殿下は」


「いいんだ、静。もう言うな」


「……。承知いたしました。お見送りだけはさせていただきます。あとは休みます」


 なんだかんだ、もなく濃い十数日だった。体は疲労を覚えなくとも心は睡眠をほっしている。正直に従って殿下を見送ったあと、寝室にあがって休ませてもらうことにした。


 眠りに落ちる間際まで殿下との口づけた感触が残った唇をいじいじふにふに触っていたが、ふう、とひとつ息ついてふかふかの布団を頭の上までかぶって包まり、眠った。


 ――私、帰ってきた。


 そんな当たり前でごく自然なことを考えてしまう。それもこれも殿下との優しい確認のせいにしてしまおう。そんなちょい理不尽を思って寝息を立てる私は夢を見たんだろうな。見送った筈の殿下がいて、頬に口づけて頭を撫でてくれたような、気がしたから。


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