一四五話 双方へのご褒美をわけあって


 私がしばらく殿下の反応を待っていると肩に大きな熱い温度が乗ったので私は目を閉じて上を向く。そうして、重なる熱と熱。ああ、やっぱり、然樹ネンシュウ皇太子こうたいしと全然違うや。


 心地よい感触。気持ちいい接触。そうしてしばらくも重なっていた熱が離れていったので私は目を開けて視界を開放してみたが、殿下、ゆだって卒倒そっとうしない、といいけど。


 それくらい真っ赤っかだ。普通こういうのって女の方が照れるものではないのか?


 然樹皇太子で慣れていたせいだろうか? 私の方が、って言ってみる気はない。だってそんな、藪蛇やぶへびもいいところ。そのせいで本気(?)だされても困る。……だったが。


ジン、あいつと何度した?」


「?」


「あい、や、言い方が違うな。何度そ、の口づけされたんだろうか、と思ってな?」


「さあ。幾度となく?」


「……。……呪詛師じゅそしこころざしたくなるな」


 さーですか。たかが唇の接触で粘膜ねんまくが触れあっただけでそんな怒らなくてもという私見しけんは言わないでおこう。うん、世間一般に口づけとは甘美的雰囲気ロマンティックな行為らしいしな。


 それをんな、そうだな。ユエが言うあたりの身も蓋もない言い方したら幻滅げんめつされるかもしれん。とか思っていたらぎゅ、と抱きしめられた。あ、殿下のにおいだ。懐かしい。


 泉宝センホウにおいては然樹皇太子が唯一私に近づいていい男だったし、アレに幾度となく口づけられてこれでもか、と甘やかに囁かれていた。あの皇太子はこうきしめていた。


 最初はその甘い香りで鼻がバカになりそうだと思ったが、人間って慣れるもんだ。


 だから、殿下のさわやかでちょこっとだけ汗が混じった男のひと、というにおいが懐かしく、心地いい。……うん。私は殿下のこの香りの方が好きだな。生きているにおい。


 然樹皇太子が死んでいる、とかんでいるというわけではないがそれでも素のままのにおいの好き好きは大事だいじだと思う。私はつい嬉しくて鼻をすんすん鳴らし、擦り寄る。


 ひくり。殿下の腕がどこかひきつるような動きをしたように感じたが、それを疑問に思うよりも早く私の体はなぜか長椅子の上に横たえられていた。はい? え? なに?


 なんだ? そう考えている間に殿下の唇が私の唇、といわず額や頬や鼻先に落ちてくる。雨のように降ってくる。えーっと? なんて殿下の意図を探している私だったが。


 さすがのおびに手をかけられたら殿下がなにを考えてどうしたいのかがわかった。いかににぶかろうと。そこは三妃さんひの講師衆にこう、修業を……花嫁ならぬきさき修業を受けた身。


「静、こっちはまだ、だろ?」


「私の帯はそこほど緩く見えますか」


「いや。だが、無理矢理にサれていたら、お前の意思を無視していたら、と思うと」


「殿下、ですがこれはまだ性急せいきゅうでは? せめて私と四夫人しふじんが顔をあわせてからがよ」


「静、俺とて男で毎度母上にお預け喰らわされているというのを忘れていないか?」


 いや、それは忘れていないが。だっていつも夕暮れ遅くまで金狐宮きんこぐうとどまってそわそわされていたんだし、そのせいで皇后こうごう陛下が毎回尻蹴って本宮ほんぐうに連れて帰らせたりと。


 そんなある意味恥ずかし武勇伝ぶゆうでんを数回といわず十数回とお持ちの殿下ですからね。


 私とそういうことをシたいというのも、月いわく「男が女を最高の形で愛でる」という行為に及びたいのはわかっている。でも、私だけ先に抱かれるのは四夫人に悪くねえ?


 殿下は気にしなくていい、と言いそうだが殿下が言ったら私欲しよく丸だしにしか聞こえないので正当性があるかが、私では判断できない。だって、ねえ。抜け駆けはなはだしいよ。


「盛りあがっておるようぢゃが、そういうのは寝室でしてくれんかえ? わらべもおる」


「月っ! なん、嫌がらせのつもりか!?」


「ほほ。四半分しはんぶんはの~? ぢゃがこどももおるというのは事実ぢゃ。興味津々でそれとなく聞き耳立てておる年端もいかぬ少女に男女の睦事むつごとででるアレやそれを聞かせるか」


 ぐ。殿下の握りしめた拳が音を立てた。すっごく渋いものを喰らった顔でいる殿下は私の帯にかけていた手を開いて身を起こした。長椅子から降りた殿下は手を差しだす。


 ので、私は苦笑いで殿下の手を取って起きあがらせてもらう。さすがに芽衣ヤーイーが聞き耳立てているのに「そういうこと」をするのは無理だ。恥ずかしくて死ぬかもしれない。


 やれやれ。抜け駆けか、は不明だが月が賢明けんめいな客観的視点で指摘してくれたので今回のこれはこれでよかった、と思っておこう。でも、いつか……――。その時を迎える。


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