一四一話 おかしいなあ、なぜにこうなった?


ジン、よく戻りましたね」


「殿下のド阿呆あほうを聞いた時はどうしてやろうかと真剣に悩まされたのよ。わかる?」


「静、無事で安心したわ。優杏ユアンも心配していたのでよかった。これで一応元通りね」


「ご迷惑とご心配をおかけしました」


 天琳テンレイに帰ってまず、私が連れて来られたのはいつだったか、いろいろあった茶会ちゃかい四阿あずまやでそこには皇后こうごう陛下と他講師役をずっとしてくれている美朱ミンシュウ様と桜綾ヨウリン様が待っていた。で、三者三様に言葉をかけてくれる温かみに感謝する。ああ、帰ってきてよかっ――。


「それで、どういうことかしらねえ?」


 ああ、よかった。と思いかけた矢先、鋭い皇后陛下のお声というかお言葉に体がきしりとさびが入った絡繰からくり物のきしみをあげたような気がした。えぇっと、どういう、とは?


 皇后陛下がなにを言いたいもとい訊きたいのかわからずに私が困って視線を他のふたりに移すも他ふたりも皇后陛下には及ばずともかーなーりー怖いお顔をしていらした。


 え、どういうこと。私なにかした? いや、敵国に捕まって心配をかけたのはそうだったけどなぜ、殿下を庇った結果をそんな苛烈かれつに責められねばならない。むしろ褒め。


「おバカ働いた阿呆をなぜ庇ったの?」


「え」


「あなたにもしもがあったらどうするの」


 なにこの詰問きつもん。おバカ働いた阿呆って殿下のこと、だよね? あの、皇后陛下様?


 あなたの大事な息子ではないのですか。なぜまるで殿下より私、の図ができていそうなそういうよくわからない状況なんで? しかもここに私を助けてくれるひといない。


 ユエは「アホ臭い雑務ざつむで疲れた」だのと言って早々にみやへ引き揚げていった。……あのきつねもしかしてこの珍妙図を予想していた!? ちょ、待て。見通していて見捨てた!?


 皇后陛下のつきつきりと冷たい言葉に身じろぐこともできずいる私は四阿の入口で硬直しているし、三妃さんひはそれぞれに各々がつくれよう最大恐怖、なお顔でにっこにこと。


 あるえ? 笑顔なのにどうして背景に鬼やら猛獣もうじゅう猛禽もうきんたぐい、悪く言えば魑魅魍魎ちみもうりょうが見えるんだろうか? 三人共とてもお綺麗でいらっしゃられるのに、とっても恐ろしい。


 こ、これを私は自力で乗り越えろと? 自力でなんとかせえ、というのが月の罰?


 無茶働いた私へのあの性悪しょうわるぎつねから、まだ優しいお仕置きだ、とでもいうのかしら。だとしたら一言訂正させてもらいたい。どこが優しいんだ。どこが。これまでの人生でここほど恐ろしさに震えたことないんだが、私。なぜに、将軍としてつとめたのに叱られる?


「……。静」


「はひっ!?」


「あなたはわたくしたち三人全員の娘であり、大切な妹も同然なのですよ? どうしてそれがわからない、わからなかったのかしら。バカ息子の失態しったいを拭ってくれたとて」


 こ、皇后陛下? バカ息子、て。それに私なんかを娘、だなんて言ってくださるなんてそんな畏れ多い。しかも美朱様に桜綾様も、心同じく、だなんて。んな好都合な夢。


 が、私が考えていることがめん越しでも伝わったようで美朱様も桜綾様も怖い顔再びよりもさらに一層噴火、の勢いでご沸騰されている。あかん。このお三方、本気だよ?


 でも、どうして私? だって、もう四夫人しふじんとなる者たちも入内じゅだいを済ませていると帰りの馬車で陛下から聞いた。殿下はそれについて口をはさまなかったってか躊躇ちゅうちょしていた。


 それってつまり、この三妃たちは他の四夫人にも授業をしているんじゃないのか?


 なのに、なんで私が特別、みたいな――いや、これは一から叩き込んできたことで起こったじょう、というやつかな? でなければこのとうとき女性たちが私なんかを重視なんて。


 するわけがない。ありえない。あってはいけないでしょう。今回のことでもわかったことだが私などやはりただの、たかが偽善ぎぜん者で利用されるだけの存在でしかないのに。


 然樹ネンシュウ皇太子こうたいしが私を利用する気持ちでいたかは不明というか曖昧あいまいなままだったようには思うが、私の取り柄なんてこのバカでかく深い妖気ようきの受け皿とハオの妖気だけであろう。


 なのに、どうしてですか。なぜなのですか。なんでそんな胸潰されかけたような表情で私を、見るのでしょうか。やめてください、私にそんな情受け取る資格ないのでは?


 あなた方の心配のねんを受け取って案じられるそんな資格、あってもいいのですか?


「他、四夫人として入ってきたコたちにも授業はするつもりです。ですがそれとこれは別でしょう。あなたは嵐燦ランサンにとって唯一の后妃こうひ、だというのにどうしてなのですか?」


「へ、陛下?」


「なぜ、いつまでも自分を愛せないの?」


「それは、だって、私、わ、たし、は……」


「静、いい加減になさい。卑下ひげすることはならないと散々教えてきたでしょうにっ」


 ついに美朱様もキレた。怒りの声をあげて掴みかかる、なんてはしたない真似はしないが怒りで肩を上下させている。どうして? どうしてそこまで親身になってくれる?


 私なんてただの他人、ではないのか。そうかそっかそうなんだ。でもどうすれば?


 他人に想われて、愛されて、大事だいじだと言ってもらったことなんてこれまでの十八年で経験したことがない。まわりはずっと私を「使う」ことばかりだったもの。だからさ。


 殿下はそりゃあ、好きだのなんだの言ってくれていたし、時々「癒やし」だと理由づけ抱きしめてきた。でも彼女たちは同性のそれも講師たち。女性としての格も最上だ。


 それなのに、そんな方たちの想いを受け取ってもいいのか、私が? 鬼の娘、が?


 ああ、これもいけないのか。私は、鬼の、浩の娘だけど人間として誇り高くれ、とそういうことですね。難しいから今後の優先課題、ということにしてもいいだろうか?


 その後も三妃たちにこってり絞られた私は食べなさい、飲みなさい、と言われるまま菓子と茶をこれでもか、と押しつけられたし、食べきれなかったものは土産みやげにされた。


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