一三九話 初耳話のち、恥ずかしいの来た


 はじめて聞いた時、へえ、と思った。ユエもそうだがハオも私になにかしら理由は別でも同じような特別さを見たか覚えたかしたのだな。浩は私を憐れんで月は恩義に報いて。


 それだけ、だとはじめの方こそ思っていたものだが月の話を参照さんしょうするにそうそう単純な理由だけで人間に手を伸ばす奇異きいな、奇怪きっかいな脳味噌持った高位こういあやかしは、いない。


 月の場合は私に恩義を感じた以上に私の妖気ようきの器の強大にして強靭な様に「こやつは万年にひとりの逸材いつざい、逃す手はない!」という計算もあった。と言ってはいたっけか。


 あやかしの中でも高位のあやかしとは孤独な者が多く見あう器を持つ人間がいたら必ず幾度か接触を試みるのだとか。そうして人間を妖気で延命えんめいさせつつ、孤独を癒やす。


「あからさまぢゃのう。おお、そうそう先ほどはこやつのことを「水花スイファ」だなどと呼んでおったし、今この瞬間では考えられぬほど甘やかな声で囁いておった。恥ずかしい」


「で、でたらめもいいところだね」


「はて、わらわこのような面白おかしなことででたらめなど吐かんぞえ? いつわりより真実の方が笑える場合は誰とてそうするもんぢゃろうが、阿呆あほうめ。先のぬし、笑いぐさよのう」


「な、な、ぐ……っ」


 どうやら然樹ネンシュウ皇太子こうたいしも気づいたようだ。月が口論こうろんするには相性の悪い相手だ、と。


 殿下になら通じる話術わじゅつもこの性悪しょうわるぎつねにかかったら赤子あかごの泣き声も同然てやつだな。やれやれまったく。今日だけはこのきつねを「天狐てんこ様~」とでも言って褒めたたえねば……か?


 少なくとも殿下は褒める気満々でいるご様子が態度にでている。くっくっ、と忍び笑いをこらえているのを見るに。ざまあみさらせ、とかそういう感じのことをお考えかも。


 向こう様、泉宝センホウの皇太子然樹をよほど笑い倒したいようだ。おかしいな。殿下ってこんなこどもだったっけ? もうちょっと落ち着いていて時々頻度ひんどでこどもな感じじゃ。


 ……て、のも失礼か。いやあのアレ、私が誰にどんだけ失礼でもどうでもいいが。


 特に今回の件においては殿下に反省してもらわないといけないとひんやり考えているのはひょっとして私だけか? いやいやいや。いいだろう、これくらい普通に考えて。とかなんとか思っているとそばにいた厽岩ルイガン将軍がこそこそ耳打ちしてきた。なんだろう?


「殿下は皇帝こうてい陛下に言われて一日、皇后こうごう陛下と美朱ミンシュウ様、桜綾ヨウリン様の三者連名で追加二日で計三日反省の、猛省もうせいの為の牢に閉じ込められもとい、自主的に断食だんじきして閉じこもった」


「だ、断食?」


「ああ。だからそんなふうにあきれたような空気だして感情抱いて殿下を見てやるな」


「……うーん。私からの罰は別でご用意」


 と、私が答えたらば厽岩将軍は私のなにかに激しく衝撃を受けた顔で「は!?」みたいな感じになってしまった。いや、いやいや甘やかしませんからね、私。その程度で。


 そんなもので然樹皇太子から受けた屈辱くつじょくが薄まるわけもなく、なにより殿下は私に多大な痛みを与えた。あ、捕まった時の竹槍ぶすぶすじゃない。そうじゃあない、もの。


 私が殿下に対して思っているのは、ひとつ。というところで殿下方の言い争いもっと言ってののしり合戦と陛下方のいさめあいが本格的ににぎやかになってきた。なんだよこれ。


 然樹皇太子の言い分もたいがいアレだが、殿下の方が言っていることが正しいか、と訊かれちゃうと返答に困るものがごぜえます、私。だって、さっきからこのふたりは。


レツ、だなんて安直すぎるね。彼女はただ美しいだけの女じゃあないとわから――」


「黙れ、俺が考えていない。貴様はなんだ花、だと? 貴様こそそのままだろが!」


「ふん。どっちにせよ、たかが将軍ひとりなんだから真価しんかがわかる僕にゆずるべきだ」


「ふざけるなっ! 彼女は俺のたったひとりきり真剣に選んだ妃嬪ひひんだ。誰が貴様のようなねっちょり陰湿いんしつ野郎に渡すものか。貴様がきさきをきちんと決めればいい話であろうが」


「そう簡単にいけば苦労なんてないさ!」


 ちょっと、現実逃避という逃げに走ってもいいでしょうかダメでしょうかそうですかそうですね。私がそれしちゃったら止める者がいなくなっちゃう。とかそういう関係。


 でもね、この場にいる地位ある皇子ふたりは自分が、いや自分の方が私を愛してうんたら言っていて正直ぶっちゃけ私が止めるに止められない。なにこの恥ずかしい連中。


 バカじゃないのか。アホじゃないのか。ボケていないだろうか。それとも私だけ?


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