一三八話 腹芸で躱されないよう、狐にお願い


 いやはや。ここまで心臓が強い男、というのも珍しい気がする。たいがい男という生物は例外を除いて単純だ、と言われている。殿下が今回挑発に乗ったのと同じように。


 こうした腹芸はあうあわないが明確にわかれてしまうものだ、と聞いた。女だってそういう単純なひともいるかもしれないが、だいたいの統計とうけい的に女の方が腹黒いもんだ。


 だからこそ流血なく、相手を切り刻んで瀕死ひんし、最悪死に追いやるやからもいるのだと。


 そうしたおとしめあいを見てきた殿下の女性不信も違った意味で天晴あっぱれだが、然樹ネンシュウ皇太子こうたいしのこの自然な態度での素知らぬフリ、というのはちょい、こちらも間違いな感じに尊敬。


 てめえ、てめえのせいで私がどれだけひどい目にったと思ってやがるんだろう?


 ああ、言えるものなら言ってやりたい。でも、真に受けられるわけもない、とわからない私じゃない。燕春エンシュン陛下があちらの陛下になにをおっしゃったのか生憎あいにく知らないが。


 あちらの陛下が謝る、謝罪の言葉を口にしようとしたということは私への禁忌きんきなるおこないも知って、熟知している。そうじゃないと話の辻褄つじつまがあわないんじゃないだろうか?


「貴様、水姴スイレツに、彼女に禁忌の手を」


「はあ? そんなもの、知らないね」


「ふざけるなっ! あのコ、貴様が名を聞きだして縛った芽衣ヤーイーというコが証言して」


「へえ? あやかし小娘の与太よた話を真に受けちゃうなんてよほど僕を悪者にしたいようだねえ、嵐燦ランサン。というか君が僕を責め立てる正当な理由なんてないでしょ。勝手をし」


「その最低な俺をそそぐ為に言っている!」


 嵐燦殿下と然樹皇太子が言い争っている。で、このままでは私の証言も必要にされそうってか然樹が事実無根だ、という言い訳に私を使いそうなので先にユエに頼んでおく。


 お願い、の内容を聞いて月は目を丸くしたがすぐふむ、と思案するフリして実行。


 突如として炎上した私にへやに集まったおえら方がぎょっとした。然樹皇太子が立ちあがって私に駆け寄ろうとしたが、月が止めた。殿下も斜め後ろで燃えだした私に驚いた。


 月の炎に包まれている私に殿下も口から心臓がでそうな蒼白さだったが、一寸ちょっと考え込んで思いだした現象があったようで押し黙ってくれた。そうこれ、熱くもかゆくもない。


 じゅ、じゅじゅう。と音を立ててナニカが焼けていく。それは床に落ちていった。


 その真っ黒に焼けて炭となった残骸を見て然樹が今度こそ蒼白になった。そこに転がる呪詛式は見る者が見ればはっきりわかる式締しきじめのじゅつの欠片だったからだ。やれやれ。


 これで、本当に本当の意味で自由だ。残骸といえ、式締めの術は強力無比。私の中にハオがいるからなのか、それとも人間用に改良(?)してあったせいかはわからないが。


「束縛、拘束、呪縛……おーおー、探る必要もなく腹の底が知れる陰湿いんしつさぢゃのう」


「くっ、そんなもの、お前が偽装工作」


「ほほう? 式締めは心得のある「人間に」しかできぬ、と知らぬわけあるまい?」


「な、そ、それは」


 あ。そうだったの? でも、たしかにあやかしがあやかしを縛る意味、ねえよな。


 そもそもが強者きょうしゃに従い、義理も恩もあまり重視しないのがあやかしという名の怪異かいいなる存在といえよう。まれに月のよう、助けてくれたから、と世話を焼く物好きはいるが。


 基本の基本は相手が自分より強いから従うし、くだるし、身のまわりの世話を焼きたがるのがあやかしの性質せいしつ。月が私の世話に邁進まいしんするのは異例と常例のふたつ一緒でだ。


 自分より強い者に敬意を払い、足下をすくおうとも思わない。人間とはまったく違う思考回路を持ち、対等な存在こそが月のような高位こういの、最高峰のあやかしとしてる。


 誇り高く、美しく、魂に黄金おうごんかんむりをいただくような存在こそが高次こうじのあやかしらしいあやかし。そうした者は人間を別物だと拒絶しつつ同じだけ特別視する、していると。


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