急なる救いの手、になるだろうか

一三七話 お揃いでらっしゃってびっくりだ


 嵐燦ランサン殿下も、こちらの皇太子こうたいしも。穏便、とまではいかないが落ち着いて話せれば。


 双方は相性悪くともそれぞれに私より大人で国を守る男、というよりそれ以上に至高しこう地位ちいたる皇太子であるんだ。感情に流されず、心でどれほど毒吐こうと穏やかにね?


 私が「大丈夫だろうか?」とか「殴りあいでなくきちんと話しあいになるか?」など案じている間に案内が終わった。官吏かんりはびくびく震えながら扉を叩き、開けてさがる。


 さっさととんずらぶっこいた、が正しい? だって、それくらいへやの中の空気は重かったんだもの。一番に目に入ったのは殿下のたくましい背とそこに負われた、私の、得物えもの


 ハオ大槍おおやり、持ってきてくれたの? ……あ、ひょっとしてというかしなくてもユエが所持渋ったもしくは拒否した? うへえ、ありえそう。すっごくありうるぞ、月の場合。


 で、その殿下の隣にいるいわおのような体の大男と彼に比べると細身の男性が座っているのが見えた。あれ? あの後ろ姿ってばもしか、して、と思っているとそのひとが振り向いて扉のところでぎっしぎしいっていそうな室の空気にうわあ、している私に微笑む。


 その御方おかた皇帝こうてい陛下燕春エンシュン様に続いて振り向いた殿下と厽岩ルイガン将軍の目が私の全身にさっと走っていった。いやあの、心配はわかるけどあからさまでなんかちょっといや……。


 私はそんなに頼りないのか、貞操ていそう面? これでもかたい方だと思い自負じふしているが。


 で、一番に駆け寄ってくると思っていた殿下だが不動。どころかなにか激しく悔いている様子が見受けられた。なんだ、どうした、殿下? このひとだからあのむらの連中のような理不尽は言わない筈だ。なぜ庇った、だとかどうしてまんまとさらわれた、だとか。


 あの時、天琳テンレイでの軍議ぐんぎに際しても思ったが思ったことがあるなら言ってくれないとわからない。私たちは身も心もなにひとつとして繫がっていない、未完成みかんせい夫婦ふうふなんだし。


「待たせたね」


「その態度はなんだ、然樹ネンシュウ。客人だぞ」


「存じております、陛下。が、まねいた覚えが一欠片ひとかけらもありませんので当然でしょう」


 こっちはこっちでやって来て早々好きに言っているし。招いた覚えがあろうがなかろうが対応はしろよってのは私だけの特殊意見ではない。……だよね? 違わないよな?


 てか、さっきの声は然樹皇太子の父君で泉宝センホウ国皇帝陛下。名前は興味関心度合いに見あってうろ覚えです。たしか、一度だけ皇后こうごう陛下が口になさった程度の重要度、かね。


 えーっと、「子白シハク」様、だったっけ? 子々孫々と白き紙に通じよ、だのどうのこうので彼が生まれた当時、紙の原料となる木があやかしの悪さで呪病じゅびょうかかって枯れる事件が起こり、彼にそれでもとげん担ぎでつけられた名前。……だったような違ったような。


 木や紙といった資源に重きを置く泉宝はそれらにあやかった名を皇子おうじにつけるのかもしれない。子白様然り、然樹皇太子然り。どちらも紙の色や、樹木そのものな名前だ。


 然樹皇太子は私の脇を通りすぎざま、触れようとしたが許すきつねではないのでささっと避けさせて私は月と一緒に殿下、というよりは厽岩将軍のそばに移動していったのだが。


 然樹皇太子の機嫌の悪さはどうにかならんものか。あ、えっとそっちもそっちだがこっちの皇太子嵐燦殿下も不機嫌さでは引けを取っていない。負けていないぞ、少しも。


 双方共に褒められたことではない。が、まあただ見物する分には白熱しているね。


 と、だけ言える。然樹皇太子は燕春陛下の横を通って自身の父で皇帝である子白様の隣に座った。イライラむかむかを剝きだしにしている。……頼むから殿下をあおるなよ?


「こちらが把握はあくしている事実は以上です」


委細いさいあい承知しました。燕春陛下。このたびはうちの皇太子然樹がそちらの将軍殿に大変な、本当の意味で遺憾いかんな真似をいたしましたこと心よりおびします。誠に申し訳」


「父上っ!? ぼ、私がなにをしたと」


「貴様、然樹。言い逃れ叶うとでも?」


「……ふん。なんのことだか」


 それまで口をはさんでいなかった殿下が口を開いて一番に放った音は超常ちょうじょう鋭かった。


 怒りのあまり大地が揺らいだようにも感じるほど怒気に染まった声に然樹はしかしまともに取りあわない。きっぱりすぎるくらいはっきり「意味不明だよ、君」とべる。


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