一三六話 急展開だが、まあ、いっか


 そんなことになったら、殿下を人質に取られたら私は諦めてこの陰険いんけん野郎に抱かれるしかないんだが。護衛ごえい、くらいいるよね。てか、いない方がどうかしているもんなっ!


「さ。とっととその男連中の目にある意味毒な品、わらわの陰で着替えるんぢゃ、水姴スイレツ


「あ、うん。でも、肝心の着替え」


「ほれ。こんなこともあろうかとな」


「お、応……」


 こんなことも、って。貞操ていそう危機がそうほいほいあってもらったら困るんですけど?


 なる突っ込みを控えて私はユエが差しだしてくれた着替えを手に寝台から降りて、彼女の陰で着替える。その間、然樹ネンシュウは扉の向こうにいる官吏かんりに「追い返せ!」言っている。


 いや、無理だろ。ここまで正々堂々敵国に乗り込んできた殿下を追い返しては泉宝センホウの国名に傷がつく。わざに出向いてもらったのだから相応の対応をせねば道理どうりが通らん。


 で、着替えた私が帯をきっちり締めるとなにか手渡された。鬼のめん。これ、たしか芽衣ヤーイーが持っていてくれてあとは放り込まれて監禁かんきんされたみや安置あんちされていたんじゃ……。


「ぬしはほんにひとがいなあ、水姴」


「あ。と、言うと芽衣に会ったのか?」


「無論。ぬしのいそうな場所に見当をつけるにせよ、やたら火を放てんぢゃろ? あの女童めわらべこころよく、むしろすがるような目でぬしのにおいが濃く残っておった宮に潜入した妾を頼ってきおった。ぬしが皇太子こうたいしに執着されておって、前日どこかにさらわれてしもうたと」


 それ、それだけの情報で皇太子の寝室に当たりをつける月もすごいけど芽衣の懸命けんめいな様がこのきつねに手がかりを与えてくれたのだとしたら……感謝の念に尽きないな、本当。


 まじめにあのコ、うちの宮で雇用こようできないか? あやかし同士なら月も遠慮なくこき使えるなどと言って喜びそうだし、このままこの国に置いていくのは躊躇ためらわれるもの。


 私が面をつけながら月を見ると、狐面きつねめんをしている天狐てんこは黙って指で輪をつくってくれたのですでに保護ほご済み、ということだ。手回しがよろしいことで。ありがたすぎるな。


 これはしばらく我儘わがまま放題に目をつむらねば。や、さすがにひどいものは叱るけどさ。


 例え、それで殿下に「びを入れたくば極上の美酒びしゅを寄越せ」だのと言ってもそちらは例外的に目をらそう。そもそもことの発端ほったん、大発端は殿下の迂闊うかつ阿呆あほうのせいだ。


「おい、ぴーぴーやかまし小僧」


「お前は、あやかしか?」


「さあて、どうぢゃろうな~? どうでもよいが皇太子同士の話しあいなら同席させてもらおう。それに、のう、小僧や? 睦事むつごとは男が女を最高の形ででる為のモノ。だというのに、相手の気持ちを無視しようとは……。ひとりよがりほど見苦しいものはないわ」


 て、手厳しい。たしかにその通りなんだろうけどでも独りよがり見苦しい、ってはっきりぶった切って「気色悪いんぢゃ、ぬし」って、言っているようなもんだろうがよ。


 と、いうか皇太子同士の話に私や月が参加しても許されるのか? ……ええと、事態の当事者だからむしろ、一緒にということであっている? まあ、うん。できるなら。


 私がいないところで勝手に話を進められるのはいやだ。のけ者にされて、じゃなくて私の気持ちは私が自分で言いたい。然樹に歪められるのも殿下に自由解釈されるのも。


 いやだ。せっかく自由に意見できる将軍職にいたんだからちっとは言わせろや。


 きさきが自由に発言できないわけではないし、嵐燦ランサン殿下なら自由になんとでも言ってくれていいと言うだろう。でも、今回のはそうしたのを無視したから起こった事態な……。


 いや、まだ、私正式に后じゃなかった。私が后妃こうひになるとしたら健康な男児だんじを産むかしないと。さすがに燕春エンシュン皇帝こうてい陛下がまだお若く統治者とうちしゃ相応ふさわしくるので、無茶だね。


 まあ、彼の統治はそろそろまくがおりる。少なくとも陛下はそのつもりで殿下に早く連れを見つけろ、と言っていたんだし。だとしたら、退位たいいして隠居いんきょ生活でまごと遊ぶとか?


 うわあ、似合う。ってのも失礼かもしれんが似合いそうだもの。あの穏やかで朴訥ぼくとつとした土性どしょうが強い陛下が皇后こうごう陛下と一緒に宮の一角に座って茶をすする図、なんかいい。


 なごみ? ってのは今、どうでもいい。私がすっかりしっかり身支度整えてしまったので然樹は面白くなさそうに扉のところまでいって鍵を開け、外にいた官吏に私たちを案内するよう言いつけた。自分は着替えてから向かう、と。だよなー。アレがあの状態だ。


 そりゃ今着ている就寝着では殿下が即決でぶっ殺すかもしれない。まだまともに思考できる余地があってくれてよかった。できるなら、平和にことは進めておきたいしな。


 皇后陛下授業で聞いたが、泉宝の食糧しょくりょう事情のうるおいはすさまじく、大陸中の胃袋を握っていると言ってもすぎないほどに。だったらその交渉こうしょう先とは穏便に話を詰めるべきだ。


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