一三五話 どうしよう、な状況進行中


「ところで君、嵐燦ランサンと、シたの?」


「なぜ、そんなこと告白せにゃならん!?」


「え。乙女だとは思ったけどちょっとくら」


「ふざけんな、煩悩ぼんのうまみれアホ皇太子こうたいし


 うぬぬ。私と殿下がそういう関係だったら殿下だってあそこまでてめえに噛みついたりしねえっつーの。私たちは健全けんぜんに信頼関係から築きあっているんだ。一緒にすんな!


 てゆうか、私はなぜにまだ会って数日の男、それも隣の国の皇太子と「そのようなこと」にもつれ込みかけているんだろう。謎。これまで生きてきた中で最大の不思議だよ。


 ってのもどうでもいい。こ、こいつのアレってば細身の美男びなんなこいつの見た目に反してあの、ご立派でございますね。と、しか言えない。以上に私がどんな感想を抱けと?


 然樹ネンシュウは杯に注いだ水をぐ、と飲み干して寝台に寄ってきた。うええ、来るなよっ!


 どうしよう、どうしたらいい、どうすれば回避でき、あれ、もしかして回避不可?


 そんな、まさか。口づけだけでもこいつが先越したってのに、この上、あの夜、じゃないのに夜のいとなみまで私はこいつで経験する、させられるんだろうか。それはダメだ。


 ど、うしよ。動きようはあるが逃げようにも首輪と枷には当然の仕様しよう封術ふうじゅつがかけられている。解除には、仕掛けをするには時間が、猶予ゆうよがないと思われる。そんなことしている間にさっくりことが済んでいるに決まっている。なんだ、無理クソな状況ってか?


「ねえ、水花スイファ。シたいよ。嵐燦なんかにやりたくないくらい君のことが、僕は――」


「ずいぶんと身勝手にたのしそうぢゃのう」


 まずい。本当にまじめに危険、という域を越えてまずすぎる。そう、私が青ざめた瞬間に聞き知った、長く聞いていなかったように思えるが為か、懐かしいあざけり含んだ声。


 声に私は顔を向け、然樹皇太子は周囲を見渡す失敗をくれたのでここ最近の不幸中の幸いと私は皇太子の股間こかん、を今の股間を蹴るのは躊躇ためらわれて腹部に一撃かましてやる。


 愉快ゆかいそうな笑い声がする。なんとも頼もしいきつねが寝台のそばに現れて笑っていた。


 声は、最初の声かけは狐火きつねびからだったが、転移術てんいじゅつというやつだろうか。たしかそんな秘術ひじゅつがあると言っていた。狐火で場所を確定させてその火に飛び込み、瞬間移動する。


 ユエ。なんで、どうやって、どうして。この面倒臭がりで厄介やっかい嫌いな狐がどうして?


「ぐ、何者だっ!?」


「そう言うぬしがなにさまぢゃ、小僧?」


 月の声は冷たい。異様なほど。炎というよりは冷え凍える氷の地獄が似合う、そんな声で然樹に「なに様だ」と問うた天狐てんこは相当お怒りのご様子、ではあったが鎖をとく。


 私がつい、ほっとすると続けて首輪と足枷の封術を一瞬で解除し、炎熱で溶かして外してくれた。私は高価な就寝着のはだけかけている前をあわせてぎゅ、と握りしめた。


 遅れて体が震えはじめる。と、現在地、然樹の寝室と思しき場所に荒い足音が近づいてきた。と思ったら扉が強めに叩かれた。然樹の許可も待たずに告げられる驚き一報。


「殿下、天琳テンレイの皇太子がお見えです。そ、完全武装でいらしていて軍も国境付近で待機している、と言っておいでで、境に接する集落常駐じょうちゅう防人さきもりたちは全滅したようですっ」


「な。嵐燦がいまさらなにを」


「決まっておろう、ド阿呆あほうめが」


 あきれ果てた様子の月が口を開く。本当に真正しんせいの阿呆を見たような、そんな声で、さげすみとこれはなんだ。汚物おぶつでも見たかのような音声なんだが。いいのか、皇太子に向けて。


 月の口調はよどみなく、現状を然樹に正確無比に教えてやるのに動く。バカにした声色こわいろからしてこちらの、天琳の動きは計画的なものだったのだろう。綿密めんみつに練られた策。


わらわあるじであり、天琳国将軍、水姴すいれつ返還を求むる為わざわざ、皇太子が動いたのよ」


「……た、かが一将軍の為にそんな危険を」


「ほ。ぬしの行動と合致せんのう。その一将軍に欲情よくじょうし、無理に抱こうとは何事か」


 月の言葉の裏。私が一将軍ではないと知っているだろ、という含みであり、嵐燦殿下とも深く関与している私を「堕落だらく籠絡ろうらくさせようというのが見え見えぢゃボケ」とか?


 ああ、本当にこの狐はかぐわしく、こうばしい性格と見あうだけの話術わじゅつを持っているなあ。


 うらやましいか、と訊かれると「うーん」と唸らざるをえないが。てか、殿下。敵国に堂々と乗り込んできて大丈夫か? それこそ、今度は殿下がとらわれたりしやしねえだろな。


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