一三四話 なに、なになになにこの状況!?


 次に目覚めるは天国か地獄か。そんなことを思いながら眠りについた私の思考が浮上しはじめたのは、体感時間で約一日後のこと。丸ごと一日、私を昏睡こんすいさせるって……。


 泉宝センホウが抱える薬師くすしの腕にはおどろかされる。いや、あやかし相手に開発された薬ならばまだ手ぬるいのだろうか。なんて、どうでもいいことを考えているとぐるぐるとまだまわっている視界に上等な天蓋てんがい飾りがうつった。わあ、すごい高級そうなのに嫌みない意匠デザイン


 ……こんなもん、私が監禁かんきんされたみやの天井になかったし、寝台も天蓋だなどというようなものなかった。うん。絶対の自信をもって言える。どこだよ、ここ? だったけど。


 私が身じろぐ前に答の欠片が顔を見せた。あふ、と欠伸あくびを噛みながら寝台そばにある机から水差しを取りあげたのはここ、泉宝の皇太子こうたいし然樹ネンシュウだったが、なにその格好は?


 上等な就寝着を身に纏い、帯はかなり緩めに締められている不可解。んな緩く結んでいたんじゃ寝ている間にはだけて大変なことになるぞ? てか、かんむりもしていないけど。


 どうしたことだ。これから寝るのか。じゃあ私が寝ていた時間、というのの計算は間違っていたんだろうか。半日経過した程度、だとかそういうオチ……な、わけないね。


 だって、窓の向こうに見える陽は煌々こうこうと輝いているので朝陽が落ち着いたくらいか真昼間だ。あれ? こいつ、いつも吸妖きゅうように来る前仕事ごっそり片づけてきたよ~、と言っていたがなぜ昼の只中ただなかに就寝着を羽織ってい――ちょ、待て。私の格好もおかしくない?


 視線を移動させるとすごく上等な西の最果さいはて先、南方なんぽうの国で織られていると教えてもらい、一度だけ美朱ミンシュウ様に触らせてもらった絹布シルクでできているんじゃないか。触り心地。


 おかしい。私は然樹が用意させた普通の服を着ていた筈じゃあなかったか? えういっ!? こ、こいつまさか私の下着姿目撃再びしただけにとどまらず着替えさせたとか。


 な、なん、なにそれそのはずかしめ。こんな美貌びぼうぬしに着替えさせられるなんてなにさ。


 ……待て。着替えさせただけ、か?


「お」


「やあ、水花スイファ。待ちわびたよ」


 なにを? って訊いてみてもいいか。後悔するんじゃないか。訊いたら、私これ。


 でも、ささやかな抵抗むなしく水差しの水を杯に注いで然樹は一口ほど飲み、笑顔。


 うわあ、ろくでもない予感。


「昼だけど関係ないよね」


「なにがだ。ことと次第で関係あ」


「もちろん、ちぎりを交わすのさ。僕と君で」


 ダメだった。いやな予感は予感しちゃいけないんだとアレほど学習してきただろうが私バカちんっ! な、に言いだしているんだろうか、このバカ野郎。契り、って……。


 それって夫婦ふうふになる者たちがする行為であって他人同士の私とてめえはやっちゃダメなやつだろが。目を覚ませよ、陰湿いんしつ皇太子。なにが事故ってんなことの運びになった?


 ありえ、ない。と思いたいが私が寝台から逃げられないように首輪の鎖と新しく足枷の鎖が天蓋の柱に繫がれていることから現実を直視した上で正当に突っ込みをせねば。


「ごめんね、待ってあげたかったけど。がんとして、梃子てこでも動きそうにないからさ」


「もしもし? だからってなぜこうなる?」


 ついつい丁寧に見せかけただけのよくわからない言葉になってしまったものの私の脳に異常はない。あるとして相手、然樹の方だ。十割どころか振り切って万とか億ほど。


 それくらいこいつ、おかしい。なんで私でてめえの欲を晴らそうとしているんだ?


 悪趣味だとか、変態がいきすぎて脳味噌が壊死えししたとしか思えないんだが。どうなんだろう、そこのところ。それほどにぶっ飛びすぎ頭の病気、と診断待ちの重症さだろ。


 つか、こいつ私で欲情よくじょうでき、るんだな。就寝着の前開きのところの下で存在を主張するモノがある。あの、私まだ実物は全然で桜綾ヨウリン様の「しゅん画集がしゅう」で見ただけなのだが。


 そうじゃない。そこじゃないだろ、私。しっかりしろ、つってもどうしたらいい?


 これってどう言えば穏便おんびんに回避できるのかね。むしろ穏便さらなくない? で、結局私はどう反応すればよろしいのだ。ふざけんな、と言ってやれれば楽。でもそれは。


 傍目にわかりにくいが下の分身をおおいに興奮させているっぽい皇太子の、例のアレが暴走思考回路に拍車はくしゃをかける事態になるかもしれない悪手あくしゅだ。ののしりを吐けば「しつけなきゃね」だのと言って公然と襲ってくるとわかり切っている。私でもわかるその悪回答。


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