一三三話 そうだ、どうせ、そうだったんだから


 でも実際、私はこんなにも殿下の存在に、与えてくれる優しい気持ちになれる情に強情ごうじょうな心溶かされている。あのむらで学んだ筈なのに。望まない方が幸せだ、って一番に。


 望んだだけ、奪われる。もしくはむなしく弾かれて拒絶されて打ちのめされる、と。


 学習したのに。それでも、と手を伸ばしたがるのは殿下だから。生まれてはじめて私を愛しいと言ってくれたひと。私の速度でいいから受け入れてほしい、と言ったひと。


 すぐそばにいて私を抱きしめる然樹ネンシュウ皇太子こうたいしと違って強要しないで、でも「よかったら手を伸ばしてほしい」と私の気持ちの整理や必死の葛藤かっとうと駆け足を待ってくれる御方おかた


「んう……っん、ふ、は、ふう」


「こほっ、は、はあ……――っ」


「ねえ、水花スイファ。そろそろ決めてよ」


「ほざけ。私はずっとぶれていない」


「……どうして、僕じゃダメだと言うの?」


 どうして? どうしてだ、と? そんなもん決まっている。卑劣なてめえと殿下を同列に扱え、というのか。そんなもん、到底無理に決まっている。むしろなぜわからん?


 そして、そもそもがなぜ私なんかの心を天琳テンレイに次ぐ大国、泉宝センホウの皇太子が望むと?


 それこそわけがわからない。私じゃなくたっていいだろうに。てめえほどの美貌びぼうなら引く手数多あまたじゃ……ああ、そうか。こいつは特異体質。それを気味悪がる女も数多か。


 あやかしのを必要とする。その生まれは憐れまれるべきかもしれないが、だからといってなんでもしていいわけじゃない。そこの分別ふんべつをつけられるようになってからだ。


 我儘わがままを言うのは。それを通そうとするのは。梓萌ズームォン陛下の授業で習った為政者いせいしゃとしていつかいずれ君臨くんりんするのならば――。良識と常識を備え、白も黒も併せ呑む気概きがいを示せ。


 その点では嵐燦ランサン殿下もまだまだ、とは思うが彼は私を害してまで手に入れようとはしない。希望は述べて、ちと強引に通そうと暴走しかけたが、自分で停止ブレーキをかけられた。


 私が、ついていくべきひとは彼だけだ。


「……そう、わかったよ」


 しばらく黙った然樹皇太子。が、しばしの沈黙を経て私を放したのでほっ、としかけたのも束の間。視界が暗転あんてんした。な、にこれ? 体が、重い。思考さ、だまらな……?


 そうこう思い、なにが起こったのか考えている間に私の意識は闇に飲まれていく。


 意識の最後でわずかに、おぼろげに覚えている、思い起こせるのは首筋に刺さった、鋭さだけだ。傾く体をぽす、と受け止めた体温。ちょっとだけ低めの熱がまどろみを加速。


 急激に意識が溶けていく。鎖の音。女の子の高い声が抗議? している。殴打の音に続いて軽いなにかが倒れる音。様々な音が連続して鼓膜に飛び込んでくるけど、もう。


 ダメだ。気合いで、とも思ったがそんな根性論でどうにかなるなら世話ない、な。


 体が抱えられる。揺れている。揺れる。揺れてそして移動している、んだろうか?


 どこへ、いくの、私。いやだ、どこにも、いきたくない。唯一、いきたいと望む地は私を拒絶するかもしれない。他国の皇太子にいいようにもてあそばれる私は相応ふさわしくないと。


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。私に帰る場所なんて他にないというのに。


 あの国に、天琳に拒否されて絶縁ぜつえんされたら私はどこへ流れよ、というのだ? あの邑に強制送還そうかんされる? それとも流刑るけいだろうか。なんで、私、私のなにが悪かった、の?


 それとも、なに? もう、新しい場所はあるだろう? とでも? こんな卑劣漢のもとになんていたくない。それならいっそ死んだ方がいい。――そうだ、次、目覚めたら。


 私は、恥を知って自害しよう。ハオは怒るかも、呆れながら蘇生そせいさせようとするかもしれないけど、私が拒否し、拒絶するなら彼の優しい鬼妖きようは淋しそうに笑ってくれるか?


 そう決めたら、私は笑えた。消えていく意識の片隅で少しだけ微笑んで、実際の私は眠りにちていく。強制的で強い力で意識をにごらせられていくのに任せてしまうことにした。死のう。どうせ十八年前にさかのぼって浩に救われねばうしなわれていた命でしかないから。


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