一三二話 ここ数日ばかりの「いつも」


 そう、望んでいる。――……なのに。


「はい。じゃあ、いつもの通りにして」


「……」


「うん、いいコ。じゃあ、いただきます」


 いつも通り。ここ数日の当たり前として私はこいつに妖気ようき供出きょうしゅつするのに口を開けて寝台の上、身を乗りだす。然樹ネンシュウ皇太子こうたいしはてめえでさせて、支配しているクセに褒める。


 私を褒めて頭を撫でてから口づける。今日は少し唇を舐められ、舌を絡めたあとも執拗しつように音を立ててそれこそむさぼるようにしつこく唇を喰われた。徐々に呼吸が苦しくなる。


 私の呼吸の間隔かんかくと相手の呼吸の間隔があわないからだが、苦し、息を、したいっ。


 そう思って身をよじると「その感覚」が襲ってきた。妖気を吸い取られる、違和感。


 何度かやられて慣れた感覚だが、怖気おぞけに体が反応してびくつくのは止められない。びくっと跳ねる体を抱きしめられる。背をあやすようぽんぽん叩かれ、拘束こうそくが強まった。


「ん。んむ。はふ、はあ……美味しい」


「っは、はあ、あ、ぐ。苦し……っ」


「ん? ああ、ごめんごめん」


 てめえこの野郎、絶対思っていないだろう悪いともごめんね、とも。確証あるぞ。


 だって、声が笑っている。さらには確定的に締めつける腕を緩めず、さらに口づけてきたので。こ、こいつ、このクソ。もう今日のは吸い終わっただろうになんで口づけ?


 吸妖きゅうようのおかわりもいやだが、口づけのおかわりはもっとずっとうーっんといやだ。どうして私がこいつの欲望に付き合わねばならない。それに、私を抱きしめる腕だって。


 片方が緩んだと思ったら背を伝って腰を撫でていくので私はこのバカ野郎を強制猥褻わいせつであり、痴漢ちかんの罪でしょっ引いてほしい。誰か、誰でもいいから天誅てんちゅうくだしてくれっ!


 って、曖昧あいまいに願ったところで叶う筈ない。明確に願ったって、叶えられる希望なんてこの世にありえない、というのに。願いを叶えてくれる神様なんて存在は現世ここにない。


 どこにるのだろう。私は、私自身の命をしちにしたっていいからふたつほど、叶えてほしい願いがある。ひとつは当然、天琳テンレイに、嵐燦ランサン殿下のもとへと帰る、帰還きかんすることだ。


 あと、もうひとつのこちらは命だけでは足りないかもしれない、いや、到底足りないだろうから来世も、その先も永遠あらゆるわざわいをかぶることをいられるかもしれない。


 でも、そうであってもそれでも叶えてほしい。それはひとつ、唯一私が心からその存在に感謝し、報いたいと思った御方おかたの心をください、というもの。一欠けでいいから。


 殿下。嵐燦様、どうかこの穢された身を受け入れてくださいませんか? 心までは穢させませんから。どうか、許してください。すべては私の責任で、芽衣ヤーイーに、罪はない。


 彼女は式締しきじめを知らなかった。この泉宝センホウ皇太子が卑劣だっただけで、迂闊うかつにも名を音にしてしまっただけなのです。それに、このコは私に味方してくれる。いつもいつも。


 このクソ皇太子が帰ったあと、口をすすぐ為の清水しみずを用意してくれるし、毎度食事の毒味もしてくれるし、私の、人間である以上逃れえない排泄はいせつという生活行動ででた汚物おぶつも処理してくれる。……このコ、私の、天琳の後宮こうきゅうにある私のみやで仕えさせられないかな?


 なんて、期待もしてはいけないか。だって、もう金狐宮きんこぐうはなくなっているかもしれないのだから。一〇日も放置されているんだ。助け、救援は絶望的だ。わかっているさ。


 殿下が多忙を極める身であることも、私なんてたかがひとりの女でしかないってことだって。それでも期待を、希望を、光を諦め切れないのはどういう執着しゅうちゃく心なんだろう?


 私が、なにかに執着したり、固執こしつするなんて想像もつかないにもほどがある。が。


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