もう、用済み、なのだろうか。私は?

一三一話 目覚めから早いことにも


 さらわれてから何日経過しているだろう。目覚めてからなら一〇日は優にったか。


 アレから毎日皇太子こうたいしは私のもとを訪れて日に一回私の妖気ようきを吸うのに口づけてくる。


 もう舌の血も止まっているんだし、口づけで吸い取る必要ねえだろ、とは思ったが皇太子にとっては重要な点らしく、私がどんなに渋っても、いやがっても、唇を重ねる。


 妖気を吸い取られるのに最初こそ違和感があり、不快極まりなかったが、慣れた。


 口づけには慣れないが、妖気の吸引きゅういんには慣れてしまった。泉宝センホウとらわれている間はなるべく叛意はんいを見せないように心がける、だけはしてみようか? と曖昧あいまいながら考えた。


 でないと私はともかく逃げる当てのない芽衣ヤーイーが割を喰うはめになる。それを許せないだけ甘っちょろい私がいやで好きだ。好ましいが忌々しい。この式締しきじめの方式からも。


 心までは縛れない。だったら精神力で打破可能だとは思っている。その気になれば逃げようもある。そうしないのは、芽衣が拷問ごうもん衰弱すいじゃく万全ばんぜんでないせいだ。可哀想なコ。


「やあ、水花スイファ。時間だよ」


「……」


「ふふ、相変わらずつれないね」


 当たり前だ、この野郎。芽衣が回復しないよう彼女の食事を用意しないふうにらん調整しやがって。私の食事を全部、とも思ったが食事は常にこの男と一緒で隙がない。


 畜生め。ひとの姿をした鬼のような男だ。……ひとのことは言えないので言わないのだけど。だって私こそ鬼妖きようを宿す者。人間であって、人間じゃない。ひとではないし。


 そして、飯時でないのに姿を見せた皇太子然樹ネンシュウの目的は、といえば当然に吸妖だ。


 このクソ皇太子は私から妖気を吸い取る時間をこの上なく楽しみにしている(当人だんだが)らしく、今日も今日とて上機嫌で現れたので私はしかめっ面をして睨みつける。


 が、手は自動、もはや全自動で拱手きょうしゅし、歓迎の意に頭までさげる始末しまつ。クソがっ!


 とまあ、どんなに心中で忙しく悪態つこうと口にはしない。と、いうかできなくなってきていると言い替えるべきだな。支配が浸透しんとうしてきたのだ。困った、しきことに。


 私は拱手を終えて元通りの姿勢に落ち着く。膝を抱えてそのかしらに顔をうずめる。一〇日前に然樹皇太子が教えてくれた天琳テンレイに私が「帰らない」と言っていると伝えたとのほうからこっちその手の続報はない。それが徐々に私の中の焦燥しょうそうと絶望を搔き立ててきていて。


 これを、殿下に見限られたかもしれない、という気持ちを紛らわせるナニカなんて知らない、私。いつも殿下は私を大事にしてくれた。思いやってくれた。時に暴走した。


 そこほどまで想ってくれていたのではないの? という疑念と失われた愛情が恋しくてたまらなくなった。なんだってんだ、私。たかが男ひとりの心変わりなのに、さ……。


 私なんてやっぱり誰にも必要とされないんだ。そういう意味でだろうか、それとも殿下だからだろうか。わからない。十八にもなって恋も、愛も知らない無知なるおバカ加減さがいやになる。さらには到底望んではならない高き願いを秘めているのもアホ臭い。


 殿下の特別になりたくて、そこにりたかったという浅ましい気持ちが鬱陶うっとうしい。


 そんな資格ない。そうわかって、頭ではわかっているのにままならないものというのはあるもんだ。はあ。細くため息をつくと私の髪に触れる手。お義理ぎりで見上げた先に。


 そこにいたのは私が会いたい皇太子じゃない皇太子であり、なぜかひどく心搔き乱されているかのようなひどく焦り、恐れる。そんな顔をしていた。? なんかあったか。


「水花、大丈夫かい?」


「てめえのせいだろ」


「? ああ。まだなんだね。早いところ心もすべて僕に預けちゃえばそんなものにわずらわされることもなくなって楽になれるだけじゃあない。君は僕の特別になれるんだよ?」


 なにがまだ? ……心も全部預ける。そうすればこのくらくていやな自己嫌悪けんおからも抜けだせる。でも、私は然樹皇太子の特別におさまりたいわけじゃない。絶対違うから。


 私が特別に扱ってほしいのは殿下、嵐燦ランサン殿下だけ。彼のまっすぐで正直な優しく激しい愛情に包まれたいの。愛が、アイが、あいがなにかすらまだわからない身のクセに。


 こんな無様なありさまなのに、な。それでもなお諦められず私は殿下に会いたい。


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