一三〇話 予想以上の「イイもの」捕まえた


 瞳に嫌悪けんおを宿しながらも従順じゅうじゅん式締しきじめの効果で従って頷く水姴スイレツ改め水花スイファはどこまでこうしてどこまで従うかな? という確認と純粋にそうしたかったから、「味見」を行う。


 いまだ血が滴る綺麗な桃色の舌をださせて口づける。僕が頭で念じれば舌も絡めてくるようだ。ああ、甘美かんびだ。美味しい。だけでなくその血の味にあやかしのを感じる。


 やはり、特異な体質を持っている。そうとしか思えない。見た目は人間だが、その美貌びぼうにはあやかしの非人間的な美麗さがある。と、なると体に妖気ようきとどめている、とか?


 いや、なんだっていいや。僕の役に立ってくれるなら僥倖ぎょうこうってね。……ちょっとだけ違うかな。僕はこのコが欲しい。はじめて、ほっした存在。それが僕の飢えをも癒やしてくれるならそれはこれ以上ない幸福に相違そういない。よし、だったら段取りをしてしまおう。


 今日はたまたま商団しょうだんあきないに来る日。水花の服と装飾を揃えてしまおう。将軍だなんて過酷なえきに押しやった嵐燦ランサンなど目でなく僕だけを見るように溺れさせてあげようね。


 絶対の服従があるまでは仕方ないので首輪をつけて取りつけた鎖を引いて歩く。式締めがよく効いているのか、黙ってついてくる水花に服と飾りを一通り揃えてみやへいく。


 本当なら特等地に絢爛けんらん豪華ごうかな宮を用意してあげたいけどそうなったら現皇帝こうていである父上のきさきたちが黙っていない。僕はまだ皇太子こうたいしでしかない。後宮こうきゅうあるじじゃないのだから。


 そうして低立地の宮でつい先日までひとがいた宮に水花を連れていって、彼女が着替えさせられている間に手配させた者たちと猫ガキも全部使って水花に不完全ではあるが強い支配を植えつけた。僕を受け入れろ、と迫った。受け入れてほしかった。このコに。


 水花は迷っていたが結局猫ガキの命をしちにしたら言うことを聞いた。すっごくいやいやではあったけど。でも、いい。こうすればいずれ支配が沁み込んで言いなりになる。


 僕が言う通りに動くし、心を動かすようになる。そしてゆくゆくは完全なる支配などなくとも僕だけを想うようになる。そうなったら、笑いが零れて止まらない。勝った。


 憎たらしいほど恵まれた嵐燦からこんないい女を奪ってやった。そういう優越感。


 同時に多幸たこう感に包まれる。水花。僕の体質を知ってもあからさまに嫌悪し、拒絶きょぜつしない不思議な娘に一時いっとき別れを告げて、皇宮こうぐうに戻った僕は両陛下に「イイものを捕まえた」とだけ言って具体的にはひとまず控えた。が、まあわかるよね。僕のこの浮かれようだ。


 あの娘なら后妃こうひだけでなく僕の飢えも満たしてくれる。一石二鳥ならぬひとつ身で数多あまたの得をくれる。幸福をくれる。ありがたいどころでなく稀少価値プレミアのある存在だった。


 だから、両陛下が訊ねた天琳テンレイからの使者への応答というか対応など当然却下だよ。


 応えるわけがないだろう? あんな素晴らしいコが僕のモノ。ふふ、いい気分だ。


 せいぜい悔しがれ、嵐燦。ああ、でも君には他にも大勢后妃候補や妃候補がいるから水花ひとりいなくなったって痛痒つうようも感じない、か。それはそれで見る目がまるでない。


 あんないい女を手放してもいい、と言うのならどれだけ恵まれて素晴らしい女に囲まれているんだ? という話だし。ま、いずれにせよもうあのコは僕の、僕だけのモノ。


 さて、ようやく満ち足りた日々がはじまる。僕にとっての輝かしい、新しい日常が訪れてくれるんだ。そう考えるとやっぱりあの時、自分の思いつきに従ってよかったな。


 ちょっとした思いつき。ふとした悪戯いたずら心だった筈なのに水花の心を縛りつける前に僕こそがとりこにされている、ってどういうこと? 皮肉かな、それとも相応の代価、かな。


 なんだっていい。それより一刻も早く水花の心を手に入れないと。もう、こうなったらここまできたらすべて余さず隅から隅まで手に入れなければ気が済まないもん。ね?


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