一二九話 こんな女がこの世に在るなんて……


 で、見張らせていた衛仕えじがひとり楽しい対話に口をはさんできたので手早くとも特等美しく残酷に処分してやったら、彼女は唇を歪めて不快感をあらわにしてきた。いいね。


 強情ごうじょうなだけ、剛毅ごうきなだけどんな手を使うにせよ服従させられたら愉快極まるから。


 いざとなったら禁忌きんきにも手をだしてやる。でも、まずは対価を支払わせないとね。ガキの身柄と引き替えにするのに名、がダメならそうだなあ。じゃあ、顔でいこうかな。


 女なら、顔は大事だろう。あの鬼面おにめんには特殊なじゅつほどこしてあってこちらが無理にがすには破壊するしかなかったので放置していたが、急激に興味を刺激された。嵐燦ランサンと秘密の関係もあるであろう女将軍の素顔は醜女しこめか、美姫びきか。わりと純粋に疑問だったから。


 彼女は少しだけ逡巡しゅんじゅんしたようだったが、見張りを払ってやったら枷に施しておいた封術ふうじゅつを刺激しないように自分の面にかけていた術をといてひもほどき、面を取ってみせた。


 思わず、目を見張ってしまう。見惚みほれる、というのは彼女の顔を見るにあたり必要な言葉に違いない。……美しい。綺麗だ。なんて妖艶ようえんで神々しく麗しい。これは予想外。


 まさか、あのバカ、こんな美しい女性にょしょうを将軍にしたなんてバカがどこかしら天外てんがいを突き破りやがったか? 僕だったら、このコを后妃こうひにするよ。たかがきさきじゃなくって!


 と、僕が心の中、珍しくというか生まれてはじめて感動しているとその女はなにか誤解した様子でまばゆすぎる美貌びぼうを隠そうと、元通り面をつけようとしたので牢内に飛び込んで腕を捕まえて止めた。彼女は不審そうなかお、だがそれすらこれ以上なく美しい限りだ。


 僕は心中の動揺を隠そうと興味を必死で押さえつけて美姫以上の美姫に賞讃しょうさんを送るだけでは到底足りなくて手をだしていた。無防備な首筋が誘ってくるんだもの仕方ない。


 舌を這わせてみる。彼女は面白いほど動揺して抗議しようとしたので僕は先に言い訳をした。美味しそうだった。衝動にそれ以上の理由なんて要らない。探したところで。


 それらしいつくろいと不明瞭な不文律ふぶんりつが重なってしまうだけでしょ? 流れで耳を齧ってみるとなんとも可愛い反応が返ってきておおよそ答はわかり切っていたが訊ねてみた。


 乙女なの? という問いに水姴スイレツ将軍は一寸ちょっと、考え込んだようだったが意味が浸透した途端、頬を染めた。なにこの可愛い生物っ。これはきっちりしっかり味見しないとね。


 だが、いいところで水姴将軍の枷が外れる軽い音がして彼女の手のひらに集まった水かな、これ? そいつに、その水圧で突き飛ばされてしまったが、逃げようとした彼女には絶望してもらおう。猫人ねこびと族のガキ――聞きだした名前、芽衣ヤーイーに命じて引き倒させる。


 さてさて、危険をおかして手を差し伸べた存在に逃亡を邪魔されてどんな顔をしてくれるんだろう、と思ったのに……。彼女は絶望するどころか申し訳なさそうにしている。


 もしかして、その猫ガキの呪縛じゅばくをとけない無力を悔いている、とでもいうのかい?


 なにそれ。どういうことそれ。その心はいったいどういう衝動しょうどうで巻き起こったモノだって言うんだ、という疑問以上に僕も欲しい、彼女の美しい心の情動じょうどうが。そう願った。


 同情でも、憐れみでもいい。いや、でも。せっかくならその綺麗な心丸ごと全部欲しい欲しくなった僕は禁忌に手をだした。人間への式締しきじめはご法度はっと。だけどこれはもう、しょうがないくらいレベルでの欲求よっきゅうじゃないか。こんな美しいひとを欲しがってあくなどない。


 簡易かんいの仮式締め、にはなってしまうが彼女ほど妖気ようきの受け皿が大きく深いなら、あるいは本当に縛れるかもしれない。だから、本名を知りたいけど仕方ない。終わったし。


 普通の中位ちゅうい程度あやかしでも意識が混濁こんだくして朦朧もうろうとするんだけど、人間の身である彼女はなぜかその中位以上の力があるのか、精神力の賜物たまものかはっきりした瞳では、いる。


 でも、もう逃がさない。水姴、だなんてものものしい響きは美しい彼女に相応ふさわしくないな、と思ったのと、僕の所有の証明がどうしても欲しくって「水花スイファ」の名を与えた。


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