一二八話 低迷する最中の噂に乗ってみる


 そんな折、ひとつ噂話を耳にした。嵐燦ランサンがとうとうきさきを決めはじめた。そのきっかけを与えた女は后妃こうひの座をあの贅沢ぜいたく皇太子こうたいしに確約させるほどのいい女、だという。ちっ。


 あいつが身を固めたら、僕もとどこおっているわけにいかなくなってしまう。諸国しょこくに舐められる真似だけは許されない。泉宝センホウは紙の宝庫ほうこであると同時に莫大ばくだいな農地を有する国だ。


 僕に話のひとつもない。と知られたら作物、穀類こくるい果樹かじゅだって値切られるだろう。


 あってはならない、現実だが着実に忍び寄ってきている恐怖にさいなまれる最中さなか、追加の噂が届けられた。それが、先んじて思考にあげていた天琳テンレイ初の女将軍着任、という噂。


 その女がいかほどの戦手腕しゅわんを持っていようとどうでもいいことだったが、ひとつ気になったのはその女がかなり強力なしき持ちである、という与太よた話もいいとこな噂である。


 式持ち。その式だかを横取りできないだろうか。ふっ、と湧いた思いつきだった。


 面白そう。久々にわくわくした。女の身で将軍にあがるくらいなので相応に強力な式であろうから、当面の「えさ」にするだけでも充分な収穫だよね。途端におかしくなる。


 天琳から着任間もない将軍を誘拐。それも女ならばひょんなことで嵐燦と秘密の関係を持っているかもしれない。それは当たった。あの平静を保つバカがやけに噛みつく。


 これは、と思ってあの複雑極めて単純バカを挑発してやったらまんまと引っかかって戦場いくさばに現れてくれただけでなく例の女将軍、鬼面おにめんの女に庇われた。バカが大バカやらかしただけでも抱腹絶倒ほうふくぜっとうものだったが、お陰でろうせず目的の女将軍を連れ去ること叶った。


 あの軍議ぐんぎ覗きでも思った通りで不思議な女だった。式を連れていないのにあやかしの力を行使できる。なんだ、この女も特異体質だとかいうやつだろうか? ま、いっか。嵐燦にバカでありがとうできて大本命の玩具おもちゃが手に入った。上々さらに上の成果だよね。


 バカの下からさらった女将軍が特異体質なら攫う際使った劇薬げきやくに並ぶ薬もすぐに無毒化するかもしれない。そう思った僕は執務しつむを調整して、誘拐から四日で様子見にいった。


 念の為、しちになりそうな猫人ねこびと族のガキを連れて。で、予想通り目覚めていた女は僕の呼びかけを最初無視していたが連れている猫のガキに気づいて開口一番悪態をついた。


 最低、だってさ。そんなのどうでもいい音の羅列だね。まさにその通りだったから反論しようもなかったけど、ひとでなし、と呟かれたことだってある。その女の親は見せしめに馘首かくしゅしてやった。アレだね、ひとって自分で思っていても他人に言われるとクる。


 ひとでなし、ねえ。たしかに普通の「ひと」ではないかもしれない。……いや、その通りだったから余計に腹が立ったんだろうね。僕が望んだわけではないっていうのに。


 勝手をほざいてくれるもんだ、と。そんな苦い思い出を反芻はんすうさせながら会話をこころみることにした。すると、なかなかどうして、面白い。こんなにも遠慮ない口を叩くとは。


 さらには奇特きとくなほどにあやかしに肩入れする奇妙な女だ、ということも知れた。猫人族のガキを始末してやろうとしたら「寄越せ」、だってさ。要望でなく、要求。僕に。


 この僕に、とらわれの身でありながら要求してきた女――たしか水姴スイレツと呼ばれていた女は鎖を断ってやったガキを気遣ってなんと、動いた。やはり薬の効きが悪いらしいな。


 ここまで非人間的だとただの式持ちじゃない、という論が首をもたげてくる、というもので続けて彼女との会話をなぜかうきうきと楽しんでいた。……どうして、だろう?


 はじめて自分以外にひとらしからぬ人間を見たからだろうか、ただの思いつきで攫ったのにいつしか結構本気で縛りつけたいな、と思うようになってガキの身柄の代わりに名を訊ねたがさすがに式締しきじめを知っているだけあり、鋭く危険を察してねてきた。


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