一二七話 おかしい、こんなのおかしいよ


 こんなことは、生まれてはじめてだ。


 紙のしきを通して何度か目撃した女。そいつが天琳テンレイ国では初の将軍職にくらしい。


 どうでもいい情報だった。いつも鬼をしためんをつけている変な女。そんなもんに関心を寄せてやる暇、僕にはない。今日も今日とてあやかしを飼育しいくするのに賛同できる女を探し漁る茶会ちゃかいを開いているが、なかなかうまくいかないなあ。ま、しょうがないよね。


 あやかしとは、妖怪ようかいとはいにしえよりよこしまなるものとして認知されてきたんだ。それを、後宮こうきゅうで飼うなんてまるで、というかはっきりと後宮にきさきとして入ろうという者らへの侮辱。


 わかってはいるが、それでも僕だって飢え死にするわけにいかない。本当の意味で死活しかつ問題なんだ。それに理解を示せない、どうしても受け入れられないのならお引き取りいただくしかない。やれやれ、嵐燦ランサン、あの奥手というか選定が厳しい皇太子こうたいしを笑えない。


 特に僕の生まれた泉宝センホウは先にきさきを選んではらませ、世継よつぎが生まれるまでの慰めを他に迎え入れたきさきたちで満たす、というのが後宮の習わしだった。唯一の誤算ごさんは僕の体質。


 吸妖者きゅうようしゃ。そんなものお伽噺とぎばなしにでてくるだけの、物語を盛りあげるだけの架空かくう存在だと思っていたかった。でも、そんな者に生まれてしまった僕は飲食だけでは満たされず。


 幼い頃は両親、両陛下が低位ていいのあやかしを捕獲して僕に与えてくれていた。妖気ようきを吸い尽くしてしまったあとは残骸的に妖気が残った肉も臓も調理して喰らい、骨髄こつずいも煮だして香りの強い茶に混ぜて飲んでいた。だが、そんな誤魔化しは徐々に利かなくなった。


 低位あやかしの妖気が体に馴染んでしまった僕はより強い妖気でなければ満たされなくなった。中位ちゅういのあやかしはそこそこに強く、月に一体捕まえるのがやっと、だった。


 文献ぶんけんを読み漁ったが高位こういのあやかしなら妖気が人間といううつわに馴染むことなくまったく別のものとして扱われる上にその満足感はどんな快感、どころか快楽より高いそう。


 つまり、高位あやかしを飼えれば僕は永遠に飢えないでいられる。そのあやかしも高位であるだけたかが吸妖体質者に妖気を取られる程度でちることもない。……ただ。


 そんな存在はそれこそ夢物語に現れる異質な者であり、現実にはいない。いたとしても大地や大気に一体化していて人目に触れる真似は滅多めったなこともなくば、ありえない。


 そして、そんな存在が協力してくれることなどもっとありえないのだと、中位クラスのあやかしで思い知らされていた。彼ら彼女らはたしかに、妖気のしつはしっかりしている。


 だが、それ以上に自我がはっきりしている為、「人間の飢え防止に付き合え、正気で言っているのか、小僧?」そう、はっきり言い切られたことだってある。無理なのだ。


 僕が普通に生きていく為にはがいし、搾取さくしゅしなければならない、とさとってしまった。


 あやかしを害し、恐れられ、ひとにも妖の気を喰らう悪鬼あっきのように見られる苦痛。おかしいよ、こんなの。僕は泉宝の皇太子なのに。どうしてこんなにも恵まれていない?


 そうした飢えを抱える僕は周辺諸国しょこくの皇太子たちの身の上話もけない。みながみな満ち足りている様相ようそうが腹立たしい。僕は、常にひどい飢えに悩まされている。なのに。


 どうして周囲の皇太子たちは幸せで国民から愛される存在としてるんだろうか?


 特に諸国でも随一ずいいちの力と統率とうそつ力を持つ天琳の皇太子、嵐燦は目の上のこぶも同然で。気に喰わない者の筆頭ひっとうだった。お優しい両陛下にはぐくまれ、なにひとつ不自由もないのだ。


 妃たちも、我が家の、いや我が家の娘を、待てうちの公主ひめが、と後宮事情においてもなんら困窮こんきゅうがない、と聞かされる。僕は后を選び、抱き、孕ませて世継ぎをつくらねば慰めの妃を迎えることもできない、というのに。ああ、本当に不公平だよ、むかつくね。


 わかっている。あの皇太子も様々気苦労きぐろうはあるさ、っていうことくらいは。だって互いに責任ある立場同士。そして、嵐燦は後宮の妃たちの醜さを毛嫌いしているという。


 だから、次代をになう嵐燦が整備せいびする後宮に招く妃嬪ひひんたちは嵐燦が厳選してこれでもかというくらいふるいふるって身のほど知らずは容赦ようしゃなく切り捨てまくっているらしい。


 ……贅沢ぜいたくな悩み。それもこれも恵まれている証じゃないか。何人どころか何十人切り捨てても代わりに声をあげる女が山のように各領土からやってくる、っていうんだし。


 僕なんか、僕の体質を知って向こうから断られることが多数だっていうのに。あやかしの気を必要とする特異体質。ただそれだけで気味悪がられ、皇子おうじなのに、うとまれる。


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