時の悪戯。特異なる体質の悪戯

一二五話 時すぎて昼の頃……


「やあ、水花スイファ。ご機嫌いかがかな?」


「……」


 聞こえてきたほがらかな声に窓の外を見ながら自動で動いて拱手きょうしゅした私の体に「こなクソ!」とつきたい悪態もつけず、私はの傾きを確認する。高くのぼった、白い太陽。


 ちょうど昼時。やってきた客、招いていない客は背に侍女じじょをふたり連れている。侍女たちは手に手に食膳を持っている。なんだ、一緒に食事を、とでも言う気かこのボケ。


 私はそんな気分じゃない。ばかりでなくてめえのつらおがみたくもないというのに。


 なのに、自動拱手してしまう私の今、こいつ――泉宝センホウ皇太子こうたいし然樹ネンシュウに呪われた体が憎たらしい。ここで目覚めてから最悪だの最低だのを連呼し、更新しまくっている気が。


 なのに、然樹皇太子は一切構わず、寝台脇の机を引いてだし、そこに食膳をふたつ置かせて侍女たちをさがらせた。相手はにこやかだが、私の視線はきっと険しさを極めていることだろう。私のそばで寝台のそばで一緒にいてくれる芽衣ヤーイーがびくつくくらいには。


「ちゃんと食べてね、水花」


「……腐れ心遣いだ、ボケ」


「ふふ、寡黙かもくのろいは完全に消されちゃったみたいだねえ。やはり君は素晴らしい」


「しね、変態皇太子」


「なにを言ってくれても構わないよ。どうせ逃げようもないんだから。それと天琳テンレイで今朝行われた会議に使者の伝言、ということで君が「帰らない」と言ったって伝えたよ」


 こいつ、この野郎。やっぱり性格腐ってやがる。私、そんなこと一っ言たりとも言っていない。どうしよう、真に受ける……わけないのがいるから大丈夫だな。ユエならば。


 こんな単純すぎるつまらん手に引っかかるわけないというよりは私の性格から逆算ぎゃくさんしてありえない、とはんじるだろう。問題は殿下。アレで純粋だし、単純なふしがあるから。


 心配。騙され、る前に月や皇帝こうてい陛下に皇后こうごう陛下が頬を張ってくれるかな。うーん。


 殿下がどうしているか訊きたいところだが見返りを要求されたら困るので興味も関心も持っていない、を貫いておこう。……いや、それ以前に本当に興味がない、と思う。


 殿下の様子について、でなく。この根性こんじょう腐れの皇太子が寄越す情報など当てにならないととっくにわかり切っているし、見限りをつけている私がいるので。こんなのが持っている情報や事態の推移など聞くだけ損をする。悪辣あくらつにせ情報を混ぜるに決まっている。


 そんな冷めた思考で私は芽衣が事前に言っていたことを実践することにしてはしを手に取った。おかずや飯を摘まんで芽衣に与える。この行動に然樹皇太子は不満そうする。


 その美貌びぼうにある感情の意はなんだ。「毒なんて入れていないのに信用ないなあ」だとかもしくは「そんなゴミに君への食事を与えるなんて」だろうか。うっせ。私の勝手。


 好きにしていい、と言ったのはてめえだ。放逐ほうちくするもそばに置くも自由なら、私は一度でもふところに入れたこのコを見捨てない。毒味、という名目で食事だってさせてやるさ。


「ん、んぐ。すべて、大丈夫です」


「うん。でも遅効ちこう性があるかもしれない」


「あの、平気です。私もあやかしですから」


「そう、すまない。ありがとう、芽衣」


「い、いえっ私の方こそよくしていただ」


「ふうん、仲良くなったんだねえ?」


 私と芽衣の平和な会話に口をはさむクズは機嫌が悪そうな気がする。気のせい? じゃないなこれ、多分。かなり確実にマジの殺気が芽衣に注がれて芽衣は私の陰に隠れる。


 しかし、猫人ねこびと族とはなあ。月のあやかし伝聞でんぶんに聞いたことがなくもないもののここまで人間に近しい見た目をしているのは珍しい、のだろうな。猫のがあるくらいで他は普通の人間とそっくり似通った姿をしているのだから。猫又ねこまた変異へんい種、と言っていたが。


 さて、現実逃避はやめて不機嫌皇太子の相手をしてやらねばならないのだろうか。


 面倒くせえ。たいぎい。だるい。負の三拍子さんびょうしでやりたくない限り。でも、やるフリでもせねばこの脳味噌腐った皇太子はまた芽衣に手をあげるかもしれない。それに、芽衣に支配が完全になくなったと楽観らっかん視するほどには間抜けでもお人好しでもない私は警戒する。


 警戒はするがとりあえず目の前の飯を適当に食べておこう。と、はいっても少しだけでいいや。あまり食べたくないというの以上に舌、もんだかいんだかを刻まれた舌が痛い。


 クソっ垂れ。遠慮なくひとの舌ザクザクけずってクズったらしい模様もようつけやがって。


 いたたた……っ。みる。なにもかも。私が顔をしかめながら食事をしてもすぐ終えてしまったのを見て然樹皇太子は一寸ちょっとほど不思議そうにしたがすぐ理解してか微笑む。


「薬、あげようか?」


「要らね」


「僕が手ずから塗ってあげるよ」


「要、ら、ね、え、よ!」


「ふふ、激烈げきれつだね、水花。まだ昼だからあまりあおらないでほしいなあ。ね、一応僕も紳士的に君とことを運びたいと思っているからさ。あのバカがどうだかは知らないけど」


 なにを言っているんだろう、このアホ。ひとりえつに浸っていて気色悪いんですが?


 それともなにこれ言っちゃいけないどころか考えてもダメな感じ? すげえ不公平だと思う一方、皇族こうぞくと将軍が同列に扱われる、というのはありえないってのもわかるよ。


 わかるが、理解や納得はできない。だって所詮しょせんただのたかが人間ふたりなんだし。


 どちらが偉いだの、とうといだのはぶっちゃけこの大陸と言わず広い世界規模で見れば無意味な記号を並べ立てているだけのバカバカしさだ。……ってのも月の教えだったな。


 あのきつねは時たままともなことを言うから扱いが難しい。ただの考えなしなら「おバカ様で今日もお幸せねえ」と言うところだが。永き生でつちかった深き叡智えいちは侮れないのだ。


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