一二三話 招かれたのは事情に明るい祈禱師


 ――トントン。


 扉が叩かれる音。遅れて開けられたその向こうにいたのは歳老いた、格好から祈禱師きとうしと思しき女。女が祈禱師にく、というのも少々おかしな事態ではあるが、どうでも。


 それは今、俺の罪となんの関係もない。俺は罪を負うべきで、誰かと言わず自分で罰してやりたいのに、誰も許してくれない。ユエですら、俺が自傷することを偽善ぎぜんと言う。


 へやに入ってきた祈禱師の老婆は案内の官吏かんりにすすめられるまま下位かいの者が座す席に腰を落ち着けた。両陛下に向けてこうべを垂れた老婆はなにを言われるまでもなく話しだす。


泉宝センホウの情報、でしたな」


「ああ。できうる限り聞かせてくれ」


「ええ、ええ。あそこの皇太子こうたいしには留意りゅういしたがよろしいでしょうな。……手遅れだとは伺っておりますが。その娘子むすめごがあやかしの力を持つのならなおのこと危ういでしょう」


 どういう、ことだ。たしかにあの皇太子然樹ネンシュウは危険思想を持っていると予想できるがそれとこれ、ジンがあやかしの力を持つこととなんの関係がある? そのなる力を持つとて彼女は人間だ。なにかできる筈がない。それとも、これは俺の楽観らっかんだ、というのか?


吸妖者きゅうようしゃの皇太子はそうであると」


「きゅ、きゅう、ようし、ゃ?」


「さよう。書いて字のままに、ようかてとする者を総じてそのように呼びまする」


 なんだ、それは。どういうことだ。わからない。話が見えない、のはどうやら俺だけのようだ。月は忌々しげに俺を睨んでくる。両陛下は一瞬顔を見あわせて黙り込んだ。


 吸妖者。妖の気を糧に……? 糧? ま、さかそういうことか。いや、そんなまさかだがあの陰険いんけん陰湿いんしつ皇太子は静を自らの糧にしようというのか。ちょ、と、待ってくれ。


 やつは研究し甲斐がいがある、と言って静を連れ去った。だというのに糧、食糧しょくりょうにしようということか。そんな、そんなまさか。そんなバカなことがあって、起きてたまるか!


 静が、喰われる? 老婆の口振りから一息に肉を千切られ、臓を引き摺りだされて無惨極めて殺される感じではないが、ではどういう意味で糧にされるというんだろうか?


「世間一般にあやかしとは脅威きょうい。が、吸妖者にとってしてみれば脅威が大きければ大きいだけその存在は馳走ちそうとなるのです。強い妖気ようきを持つ者から気を吸い、飢えを満たす」


「飢え……?」


「ええ。この特異体質者にとって妖気は食事とまったく別の栄養素。生命の維持いじかせないのだそうです。ただ、あやかしならなんでもいい、というわけではないようで。より強いあやかしの気を好むのだとか。弱い低位ていいのあやかしは隅々まで吸い尽くされる」


「吸い尽くされたら……死、ぬのか?」


「はい。妖気とはあやかしにとって生命力。弱まることは当然死を呼び寄せまする」


 血の気が引く。そして、ひとつわかったことがあったように思う。なぜ紙のしきを大量に生産できる泉宝が生身なまみの式を多量に確保したのか。すべてはあの皇太子然樹の為か。


 だが、やつがあやかしを狩っている、などという情報はつゆほども入ってきてない。


 では、どういうことだ。その吸妖者というのは生まれつきの体質なのだとし、もしもそうだったならやつの両親が細々ほそぼそとあやかしを確保していたし、吸いすぎるなとでも?


 そうして永らく飢えていたところに入った献策けんさくがあいつの為に固められた方針だとしたならわからなくもない。体が大きくなり、総じて飢えも強くなったのだとしたなら。


 その飢えを癒やす為のあやかしをふるいにかける、という意味で今回の進軍だったのかはたまた、狙いはひょっとして月、か? 幾度となく泉宝の紙式を撃墜げきついしてみせた。


 それともあやかしの気配にさとい静を最初から狙っていたんだろう、な。ああ、本当にあの時に戻れるのなら俺は俺自身をぶん殴ってやるというのに。どうしてままならぬ?


「泉宝国皇太子然樹様は特異とくいなる方。式を締めあげておのが栄養を確保する、とうかがっておりますのでその娘子にもなんらかの封術ふうじゅつ束縛そくばくじゅつをかけて心身共に縛るものではと」


「そ、んな……」


嵐燦ランサン、すでに泉宝には使者を送ってある」


「それでも、水姴スイレツは、今この時も苦しんで」


「誰のせいぢゃと思うとるか」


「わかっている。夏星シィアシィン、俺のせいだ。だがそれでも彼女を案じたい、救いたいのだ」


 ふん。鼻を鳴らす音。天狐てんこは「ほざくだけだ」とでも言いたげだが違う。俺は助けなければならない。俺が愛するひとを。静を、なにがなんでも取り戻してみせる。必ず。


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