せめての備えに情報を

一二二話 天琳国は限られし者たちの会合


「はじめよう」


「はっ」


 どこか遠い場所で声が聞こえた。いや、とても近場ちかばでの声なのだが俺の心に届くには遠い遠くて遠すぎる場所でしかないのだ。しょうがないだろう? どうしようもない。


 あの最悪すぎる泉宝センホウとの戦、と見せかけたある意味計画的誘拐ゆうかい事件から早数日。そうだな、俺がユエの提案で妥当だとう以上にぬるい罰で反省べやに入れられてから数えてでも何日経ったろうか。ジンが連れ去られてからこの朝で四日が経つ。俺は丸三日、閉じ込められた。


 一日は皇帝こうてい陛下に言われて、残りの二日は上尊じょうそん四夫人しふじんたちと皇后こうごう陛下、俺の母から追加された。でも、全然足りない。そうだろう? 静がさらわれたんだぞ? ぬるすぎる。


 俺は自主的に、というか吐き気と自己嫌悪けんおで食事も喉を通らず三日の間にだいぶやつれたらしい。久しぶりに会った厽岩ルイガンにぎょ、とされてしまった。で、黙りこくられた。


 言葉が見つからないようだ。厽岩は器用に見えて不器用だ。特に女性との関係には妻子さいし持ちなのだから慣れていそうに思えるのに。が、すぐ理由がわかった。彼の子は娘。


 それも静と近しい十五歳。もしも、と厽岩は俺の立場と心を思ってなにも言えないでいるのだ。攫われたのが彼の娘で、それも自身の特大間抜けで阿呆あほうのせい、だったら?


 それは、言葉がでてこなくなる筈だ。そんな厽岩と顔をあわせたのは軍議ぐんぎがあるからにほかならない。軍議、という建前たてまえで集まったが、ここにいるのは俺と両陛下、厽岩と月それからもうひとり招く予定でいる。たった、それだけ人数の会議は今後についてだ。


 静をどうするか。どのようにしょするかの相談会というわけだ。……より正確なところを言うなら、此度こたび勝手を働いて静をまんまと攫わせてしまった俺の処遇しょぐうについてがおも


 そして、それに付随ふずいして静をめぐって泉宝とどのように交渉こうしょうするかについてだな。


 本来なら俺をすぐにでも八つ裂きにしてしまいたいのに月は敢えてそういう選択肢をくれなかった。突き放し、それにより追い詰め、反省、本当に心からの猛省もうせいうながした。


 それですらまだ月が言うところの「阿呆に相応ふさわしい罰」というのには届かない。だって静が、彼女が敵の手にちた。俺が突き落としたも同然で俺のせいなのにどうして。


 なぜ、誰も俺を責めてくれない? 俺は重責を負って首をくくるべきなのになぜ。


 俺が皇太子こうたいしだから? 静が交換可能な存在でしかない、俺がいくら大事だいじだのなんだ言い募って后妃こうひにと言ったところでたかが女ひとりだと判じられてしまって。どうなる?


 わからない。どうなるんだ。父上母上はどういうつもりで今日、この会合を開かれたのだろう? 叶うなら、今すぐにでも静を助けにいってやりたい。それが責任だろう?


 俺が負うべきせきだ。罪だ。彼女を危険にさらして、さらし続けている最悪の罪悪が俺をさいなむも、俺は悲鳴も苦鳴くめいも吐けない。月が、きつねがきっとけっしてゆるさないから。


「……まず、嵐燦ランサン


「は、い」


 会議がはじまって第一声。父上、皇帝陛下が俺に声をかけてきた。声に感情はなにも含まれていない。そうだ、そうるべきだ。俺はそれに見あうだけの阿呆をしたのだ。


「もうよせ」


「……。……は?」


「もう、自分を責めるな。起きてしまったことはくつがえらないし、どんなに悔やんでもあのコが戻されるわけじゃない。それに、それよりお前がそうも憔悴しょうすいしては案じてしまう」


「ふん、手ぬるいのう。そのような間違い格好つけのド阿呆は水牢みずろうにでも沈めいえ」


夏星シィアシィン


 厽岩の咎める声。が、月は無視してそっぽを向く。当たり前だ。それが普通だ、それがわかるだけ俺の自己嫌悪は激しく強くなる。静。大事な俺の唯一のきさき。なのに……。


 だというのに、それを自分の迂闊うかつ、いや、ド阿呆のせいであの性悪しょうわる陰険いんけん皇太子にゆずってしまったようなもの。それをどうして俺が許せようか。俺は俺が許せない。絶対に。


 父は責めるな、と言ってくるが無理です。どうして大切な唯一無二の存在を失い、この手から取り零してしまって平然と自分を許せるのですか。たしかに、悔やんだって。


 それで静が戻ってくるなら世話ない。しかし憔悴ねえ。俺にそんな資格があるか?


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