一二一話 すぐ、なんともならなくとも


 ふざけんな。私は食糧しょくりょう庫じゃねえんだ。とは思えども時すでに遅し、だなこれ。体の自由が利かないだけでなくどうやら外から操作されているぎこちなさでしか動かない。


 然樹ネンシュウ皇太子こうたいしが私の腕を拘束していた手を外し、芽衣ヤーイーを呼び寄せた、と思ったら私に背を向けさせる形で反転させ、ぐい、とえりのところを裏返して見せてきたそこにあるもん


 芽衣に施された血印けついんだか血紋けつもんだかがあったが皇太子が指先で軽くこすってやると綺麗に消えた。芽衣を放してやると、芽衣はじりじり後退あとずさってきて、私のそばで手を握る。


 私はだが、応えられない。なんて、支配力。自由がない、とはよく言ったものだ。


 今の私はまさにそれだ。まずいどころでないが、もうどうすることもできない。この皇太子いわくの契約けいやく紛いは成立してしまったのだ。提供する者と喰らう者、というふう。


 悔しいが、どうしようもない。あの時はああする以外に命を拾うすべがなかったし。


 仕方がないと割り切りたいが、割り切るなんて到底無理、不可能だ。これで帰路はついえてしまったから。ただし、希望は捨てていない。殿下や陛下たちが策を講じて……。


 どうでもよい、と思われていなければ策を講じてくださるだろ。それまで耐える。


 身がもつか、はわりかし謎だが。身内にハオを宿していて妖気ようきも溢れるほど満ち満ちている身だといっても一度の搾取さくしゅで大量に持っていかれたら相応に弱ってしまうからだ。


 今のところ、この皇太子は私の持つ妖気のしつに満足していて一度の摂取せっしゅ量は少量。


 だから質のよい栄養を一度に少しで満足している。現状は。先々ではわからないのが恐ろしいところ。はあ。自分のお人好しさ加減に嫌気いやけが差す。でも、捨て置けなくて。


 親がいない私はだが親のように守ってくれる鬼妖きようがいてくれる。芽衣にはもういない存在がいるだけ私が我慢すればいい。はっきり言えば「やってられるか」ではあるが。


 それでもなお、選んだ道に後悔はない。ない、と思いたいなあ。だって、芽衣のような女の子をどうでも扱いしては私は、うん。それこそ後悔する。代償だいしょうが最悪に嫌みったらしい皇太子の栄養貯蔵ちょぞう庫になること。さて、どうしたもんか。目的が知れないしなあ。


 私を栄養のかたまりだと思っているならまだいい。これが阿呆あほうな予感で勘違いを起こさねばいいんだが。執着しゅうちゃくされるなんてがらじゃない。それもふたりの皇太子から、だなんてね?


 嵐燦ランサン殿下のはいい。はじめて私に愛をうたった御方おかただから私も少なくとも愛着ある。なのに、こちらの皇太子に乗り替えるなんて心変わりが起こる筈ない、とは私の持論だ。


 所詮しょせん、所持している論にすぎず。こちらの皇太子が殿下以上のその、あの「あい」を示せるとは考えられない。それもこれも絶対じゃない。「心変わりは――」と、ある。


 今回殿下の特大阿呆で盛大に愛想あいそを尽かせてしまった可能性は捨て切れないもの。


 ……こんなことを考える私はきさき相応ふさわしくないとわかるのに、どうしても湧いてくるこの心は然樹皇太子のつくりだしたまぼろしなのだろうか。それとも私の執着しない本心か?


「昼はまた届けさせるよ」


「……」


「くす。芽衣をそばに置きたかったら自由にしてよ。放逐ほうちくしようとそばに置こうとそれは今の君に与えられた数少ない自由なんだから。これからは飢えずに済む。嬉しいよ」


 飢え知らずになれる。なんだか嵐燦殿下と似たようなことを言う男だ。彼も私と出会って永い渇きを満たされた、と言っていた。そして、私の代わりはいない、とも……。


 ねえ、殿下。本当ですか? 見捨てずにいてくれますか、こんなありさまになった私でも許してくれますか? 自らばくについて偽善ぎぜん者もいいところな行いをする阿呆は切り捨てて四夫人しふじんたちを愛されますか。私がいたことを忘れてしまうのだろうか。――いや。


 いや。忘れないで、助けて。私なんかが望めたことじゃないが、望んでいいなら殿下の心に残りたい。あんな性悪しょうわる皇太子のモノになりたくない。だから、だから、だから。


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