一二〇話 脅され、従わねば、ならなくて


芽衣ヤーイー呪縛じゅばくをといてあげよう」


「……っ」


「その代わり、今、僕を受け入れろ」


 さすがの卑劣ひれつさ。おそらくもなく裏があってその上さらにこいつの得を乗せての発言だろう。ここで受け入れたが最後、になるかもしれない。そうなったら本当に最悪だ。


 然樹ネンシュウは、こいつはいつでも芽衣を殺せる、ともあんに言っている。それが嫌ならと。


 だが、逃げだすもとい式締しきじめ脱出の足がかりを粉砕されては私が逃げらなくなる。そうなったら殿下に、嵐燦ランサン殿下にもう二度と会えないかもしれない。それはいや。なにがなんでも帰るし、芽衣も無事に解放する絶妙ぜつみょう良手りょうしゅがある筈だ。私の頭が足りないだけで。


「さあ、芽衣をんじゃうよ?」


「さ、せるか……っ」


「するよ。れ。そうすれば一族郎党ろうとうすべて解放してやっていい。ちび猫を消せば」


「わ、悪く思うな。恨まないでくれ」


 いつからいたのか、男がひとり脇に立っていて、その男の妻か、女のあやかしが芽衣を捕まえて頭を押さえつけている。芽衣は必死で抵抗するが、大人の力には敵わない。


 私が然樹皇太子こうたいしの力に敵わないのと同じ。無力さが命を一個消してしまう。あの時のあの男が誇りを捨ててでも守りたかった娘の命が私の好機こうき惜しさで消されてしまうの?


 そんなもの、好機であって好機じゃない!


「三つ数える間に始末しまつし」


「待、て……、てめ、えクソが」


「なんだい、水花スイファ? あ、気が変わった?」


 っの野郎、むかつく満面の笑み浮かべやがって腹立たしいったらない。生憎あいにく、三つ数える間じゃ私の頭で妙案みょうあんはでない。背に腹は、命は心身の自由に代えられないだろう。


 ああ、あとでユエや殿下だけでなく他大勢に叱られそうな予感がするが、仕方ない。


 私はいやいやだったが口を開けて血印けついん(……だと思われるもの)をられた舌をだしてやる。つらがしかめられるのは仕様だとでも思え。このくらいの嫌悪けんお表明は許される。


 てか、許されろ、この極悪ごくあく野郎。


 にっこり。なんて、音がつきそうな、いい笑顔になった然樹皇太子はそれこそ早速と私に覆いかぶさってきた。あわさる唇。絡められる舌。と、不思議な現象が起こった。


 体の奥底からナニカ、としか表現できないナニカが吸いだされていくような感覚。


 ぞわぞわ、と怖気おぞけが背を走る。顔をゆがめると然樹皇太子は笑みを深めた。どうやらこれが目的だったらしい。き、気持ち悪い。頭くらくらする。なに、これ……。なにが。


「ん、ふ。……はあ」


「けほっ、はっ、は、はあ」


「知っているかい、水花」


「? なにが、だ」


吸妖者きゅうようしゃ、という存在をさ。あやかしが人間を喰い荒らすばかりでなく人間という種もあやかしを喰い漁ることができる、ってことを。ま、ごく低確率の出生しゅっせいなんだけどね」


 こので、そんな話をするということはこいつがその吸妖者、という存在なのだ。


 つまり、こいつはあやかしを喰らう者。……いや、吸と、吸うとつけられるなら妖気ようきを吸い取るだとかそういう感じなんだろう。もうひとつ謎が氷解ひょうかいした気がする、畜生。


 なぜ、紙型かみがたしき量産りょうさんできるのに生身なまみの式、あやかしを多く抱えるようになったのかがわかった。生身じゃないとならない。ならなかったんだ。生きたあやかしの妖気を吸い取るのに必要だった。でも、それでなぜ私に固執こしつする? 私は人間。あやかしでない。


 たしかに身内にハオを宿してはいるが、その妖気は体外に漏れないよう厳重げんじゅうに管理されている筈なのに。それとも、鬼妖きようを宿している。それは知れずとも体内に渦巻くかれようを敏感に察した? あやかしの気を喰らう趣味があるのなら、まあまあ納得できる。


死活しかつ問題、だったんだ」


「あ?」


「僕にとってあやかし、という栄養はね?」


 なに、言っているんだ、こいつ。あやかしを栄養呼ばわりってどういうことだよ。


 つまりなにか。私はてめえの為の栄養が詰まった貯蔵ちょぞう袋、だとでも言う気なのか?


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