一一九話 移動先は泉宝の後宮、ってなぜ?


「いかがでしょうか、然樹ネンシュウ様」


「いいね。あんなものものしい衣装いしょうより断然こちらの方が似合っているし、僕に相応ふさわしい姿だよ。ありがとう。代金は父上を通して請求してくれる? 替えの服もよろしく」


「は。心得こころえております。お美しき御方おかたに相応しいお衣装を選ばせていただきまする」


「そう、よろしくね。いくよ、水花スイファ


「……」


 どういうことだ。私を着飾らせてこの皇太子こうたいしはなにがしたい。意味がわからない。


 が、やはりこれ以上の思考は疲労以上に過労になるらしく脳髄のうずいしびれが走った。ピリリとした痛みが這っていって私の思考を強制的に終了させる。意識が落ちていく感覚。


 それがあってから、私は深淵しんえんから外を見るだけとなった。歩いていく然樹皇太子についていく私と芽衣ヤーイー。そして、建物からでた先に見えたのは、はなやかな街並みであった。


 然樹皇太子は私に一瞬振り返って、私の様子を一瞥いちべつして問題ないと判断し、歩みを再開させる。そうして歩く途中、聞こえてくるのは妙齢みょうれいの女性たちのにぎやかな囁きだ。


 静かに、沈黙させられた思考ははたらかなくとも五感ごかんは生きている。耳をませると聞こえてくるのは美貌びぼうの皇太子への讃辞さんじと見知らぬ私という女への疑念ぎねん。芽衣への嫌悪けんお感。


 なるほどね。ここはつまりそういう。泉宝センホウ後宮こうきゅうってことか。全員が似たような色あいの服で揃えているのは天琳テンレイほど様々な領土りょうどに通じていないから、か? かたよりがある。


 あの根性こんじょう腐った元上尊じょうそん徳妃とくひが着ていた青系統の服が多いな。……そうか、ひがし五行ごぎょうで示される色では青。季節でいえば春を象徴する、だったかな。美朱ミンシュウ様授業によると。


 つか、本当にどういうつもりだ。私を泉宝国の後宮に閉じ込めよう、封じよう、ってんじゃねえだろうな。冗談じゃない。私は天琳に帰るんだ。こんなところ、絶対いや!


「君の美を思えば一等地を与えるべきだけど。まだ君は天琳の将軍だし、その式締しきじめは強力な分、効果はある特殊条件を除いて一時的なものになっている上、その猫がいる」


 あ、そうなの? てか、教えてくれるのは親切から、じゃない。絶対に逃がさない自信があるんだろう。それか、その「ある特殊条件」とやらを満たすつもりでいるのか。


 特殊条件、なんだろう。そうこう深淵で考え込んでいるうちに私たちはさびれてこそいないがでも一等地でも二等地でもない低等級ていとうきゅう立地に建てられているみやの門をくぐった。


 そのまま、案内一切なく、寝室しんしつらしきへやに一直線で向かって私の動きを制限する首輪に繫がる鎖を寝台そばにある「そういう用途ようと」の棒に繫ぎめられ、寝台に座らせられる。寝台は定期的に手が入ってはいるようで柔らかい。焚かれた香気こうきに芽衣が咳き込む。


「ねえ、水花。嵐燦ランサンだなんてやめて僕にこのまま乗り替えちゃいなよ。その方が僕も正直これ以上探さなくて済むだろうし、しきを大量に締めあげなくてもよくなるかもよ?」


「……」


「どう? あやかしと仲がいい君は僕がやっていること、やめさせたいんだろう。だったらここで頷いて僕に心から気持ちを向けるんだ。そうすれば今からでも助かる者が」


「……ぇ」


「は?」


「ふざ、け、んな……だ、がてめ、えな」


「……。ふうん?」


 深淵でめていた気力を振り絞って私はまさに懸命けんめいの訴えを声にした。これには然樹も予想外だったのか、一瞬確実にほうけて見えたが、すぐさま例の不敵な微笑みに戻る。


 そして、私の許可もなにもなくまた勝手に口づけてきた。舌を割り込ませようとするが私だって無駄に黙ってされるがままだったわけじゃない。このくらいは抵抗してや。


「ダメだよ、水花。お口開けて?」


「……っ!」


「へえ。もう式締めに抵抗できるなんて規格外きかくがいなコだね。これはさすがに予想外だ」


 規格外だの予想外だの、言っているがけっして感心もしてなければ、落胆らくたんもない。


 ただ、楽しそうに笑っている。なにが楽しい? てめえの予想を裏切って抵抗した私が物珍しいだの、嗜虐しぎゃく心が刺激されているだの、じゃないといいが。この手の予想は。


 そうこうする間に私は意識が本格的に覚めはじめていき、抵抗も本格的になった。


 然樹を押しどけようと腕を伸ばすが、その腕を取られて寝台に押し倒される。くっこいつも男ってことか。すごい、力。普通の女より膂力りょりょくのある私なのに敵わない、って。


 ギリリ。掴まれた腕を万力で締めあげられる。痛みと不自由さに顔をしかめれば然樹皇太子は嬉しそうに笑うだけなので、私は嫌悪感だけ表してやる。するとこれはもう。


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