一一八話 意図が知れないながら


「おやおや、仲良しかな。どうせお前も僕の支配からのがれられないっていうのにね」


「……っ、こ、このひとにひどいこと」


「ひどい? イイコトしているだけだよ」


 アレを、さっきのをイイ、と思っているのはてめえだけだっつーの、ボケ。芽衣ヤーイーの気持ちは嬉しいが私の自由が利かない、利かなくなった現状、逆らうのは得策とくさくじゃない。


 この脳味噌んだ皇太子こうたいしのことだ。芽衣が起こす反抗も主人となった者の責任として私に押しつけてまた、そう。言っていたように、口にしたよう味わうみたく口づける。


 私との口づけなんてそんないいものではないのに異様に嬉しそうなのはアレか、嵐燦ランサン殿下がようやっと選んだ妃嬪ひひん候補を自分がけがしているという背徳はいとく感が気分いい、とか?


 じゃなきゃ、なにが目的で。なにを考えて。生憎あいにくでもなんでもなく異常者の思考はかいしがたい。所詮しょせん私如き凡人には理解できないし、しはかる真似もできないのだけど。


 別にいいけど。知りたいとも思わない。ただ、なにもできない、許容されないなら現状をしっかり確認しておかねばならない。体調。心。動作の可不可と、こいつの目的。


 知らないことは、無知は愚かの極み。


「さ、こちらへおいで、水花スイファ


「……」


「そうそう、いいコだね」


 いいコ、と言いながら腐れ皇太子は私の頭を撫でてくる。大きな手の接触が気持ち悪いのに、心のどこかが勝手に気持ちいいと判断したのか、すり、とその手に擦り寄る。


 こん畜生。どうすればいい。いや、違う。今は行動の時じゃない。考えなくちゃ。


 芽衣を連れてどうやって逃げる。これからいく先はどこだろう。奥の独房どくぼう、となればより警備は厳重になる。が、こいつは私に、今現在の私に相応ふさわしい場所だのと言った。


 だったら、どこへ。てか、そもそもここがどこか、どんな建物の牢施設なのかもわからない。黙って(黙らせられているが)ついていくしかない。少しでも不穏があれば。


 不穏。私への、そして芽衣への不穏が欠片でもあれば逃げる算段さんだんをなんとか立てないと本当に、本格的にまずい。外交がいこう的にはもうすでにまずい、の域を越えてまずいけど。


 まだ仮、であれ天琳テンレイ国皇太子嵐燦殿下のきさきである私が敵国にとらわれただけでなく魂魄こんぱくを一時的、と思えないくらい強力に縛りあげられている現状は。殿下がかろんじられる。


 ……まあ、この皇太子はさらわせた時点で充分以上に軽んじて虚仮こけにしてバカにしているんだろうが。困った。ホント、どうしたものか。顔を伏せて静々歩いていく私――。


 首輪に繫がれた鎖が軽く振られて音を立てたのを合図、当然の合図であるかのよう私が視線をあげる。と、それはどこかで既視感きしかんがある光景だった。綺麗な衣が目を攻撃。


 華麗な、美麗な衣の類はいつだったか嵐燦殿下が私の為に呼んだ商人あきんどたちの用意したものに近かった。女性の為の美しい衣と、装飾の品々が置いてあるへや。背を押される。


 然樹ネンシュウ皇太子が私の背を押してきた、だけでなく今着ている軍装ぐんそうに先ほど私の舌を刻みまくった針型の道具を引っかけて一部分ほつれさせ、一息で破く。衣の残骸ざんがいが落ちる。


 ぱさ、はらり。と、かすかな音を立てて布切れとなった軍装が床に降っていった。


 内心の、深淵しんえんなかの私は悲鳴ものだが、現実の世界でたたずむ私は声もあげないでいる。


 心死んだように。魂消たまぎえたように。まさしく言いなりのお人形となっている模様もようとかって冷静に観察しているみたくうつるかもしれないが、底の底に追いやられてしまった私は恥ずかしいやら屈辱くつじょくやらだ。だって、下着したぎだけだなんて……。殿下にだって、まだ。


 なのに、殿下にもまだ見せたことないあられもない姿だというのにどうしてこの脳味噌腐敗ふはい皇太子に先に見られねばならないんだ。ち、恥辱ちじょくの極意というか処刑ってこれ?


 ふざけんな。で、皇太子がいようが、私の素肌をじっくり見つめていようが室内にいた商人たちはお構いなしで私に服を着せていく。意匠デザイン交領こうりょうで色は冴えるような蒼穹そうきゅう


 そして、装飾品類はきん統一とういつしている。そうだ。めん、していないんだったっけか。


 なんとか大気たいき中の水から探ってみると芽衣が大事に持っていてくれているようだとわかったので一安心。で、ドッと疲れた。……そういうこと。支配者の意に沿わないことをした場合に体の方に疲労、という形で負荷がかかるってか。なるほど。じゃあ、心は?


 心の支配はまだこの簡易かんいの仮式締しきじめではできないかまたは体への支配から連結させて心を服従させる、という形態でしか縛ることはできない、のかも。目に見えないから。


 心は、魂は目に見えない。だから、声を奪って言葉というある意味のまじないを封じたんだな。口でいやだ、と言えば体も伴って反発するようになる。……といった感じ?


 まだ、歯抜けがある思考だが、ひとまずこれで終わっておこう。か、考え事するだけでこんなに疲れるとかどういう反則的威力の縛術ばくじゅつ、いや、禁忌きんき呪縛じゅばく方法だよ、これ。


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