一一七話 心身共々縛られて――


 なのに、突き飛ばしたい。芽衣ヤーイー拘束こうそくもとかれていて自由に動ける筈なのにピクリともしない。指一本動かない。なんでっ! 私の体なのにっ! どうしてだ、クソがっ!


 ……これが、式締しきじめ。これで簡易かんいで仮だとしたなら名を明かしていたらそれこそ洗脳せんのうの域で支配されたかもしれない。畜生。近づくな、私に。相手の瞳の中に私がうつる。


「じゃあ、せっかくだし味見しようかな」


「……」


「ふふふ、やはりこの方がいいね。さあ、口を開けて、水花スイファ。そして舌をだすんだ」


 ふざけんな、この野郎。そう言いたい、のに。私の体が勝手に動く。口元が緩み、まだ血が滲み滴る舌をちろり、とだす。クソっ、なんという屈辱くつじょくはずかしめとはかくや、だ。


 なにを刻まれたのかもわからないくらい舌は全体的にしびれて痛い。この上なにをされるのだろうか。味見ってなにを? 血でもすくい取って味見するつもりでいる、のか?


 そんなこんなを考えていると「味見」の答が唇に、舌に触れた。温かくてぬるりとした感触に内心「え、は?」と言いたいが実際の私は心すら微動びどうもしてくれないままだ。


 ――ぬる、ぬちゅ。ぺちゃ、くちゅ。


 生々しい音が鼓膜こまくに刺さるようで私は恥ずかしさから身を引きたいのに、やはり動けないでいるまま。こいつの、然樹ネンシュウ皇太子こうたいしの口づけを受けさせられるだけでなく命じられるまでもなく自ら舌をからめているという不可解。いや、いやだ。私、こんなの、いやっ。


 舌と舌が絡まってどこかいかがわしくいやな音を立てる。気持ち悪い、と感じる私が本心であるのに、どうして? 心の奥底で「気持ちいい。もっと、して」と言うの誰?


 もしかして、これが支配の影響? このクソ皇太子の思いのままに「感じる」ようにさせられている、ということか? どう感じているか、まで支配できるなんて最悪だ。


「……ん。ああ、いいね。美味しいよ」


「……」


「ふふ、これは、くせになっちゃうなあ」


 ふざけんな。二度とゴメンだ。なのに、反抗はおろか言葉を返すこともできない現状の我が身が憎く悔しい。畜生。クソ、クソ、クソっ! この変態皇太子、殴りてえっ!


 私の本心は叛意はんいを示すがそれが表情には一切欠片とて揺れないよう「なって」いるだなんて悔しいだの、惨めだのを通り越して悲しくなってくる。はじめて、だったのに。


 だから、嵐燦ランサン殿下にあげたかった。せめて、このくらいは、唇くらいは許してもよかったのにな。私の、バカ。手遅れも手遅れすぎる。なんで、好きでもない、ばかりか大嫌いがすぎて憎い皇太子に盗られなきゃ、奪われなきゃならないんだよ。クソっ垂れが!


「じゃあ、枷も取られちゃったことだし、移動しようか。今後の君に相応ふさわしい場へ」


「……」


「君は嵐燦がやっと選んだきさきのひとり、だと思ったのだけど、いいや。もう君は僕のモノになったのだから。これからは僕に尽くすんだよ、水花。もちろん待遇たいぐうは保証する」


 これは、呪殺しろ、という天のおぼしだろうか? こんのクソ皇太子。なにを言っているんだ、このこいつ。私はたしかに殿下の妃嬪ひひんのひとりだが。で、なぜてめえの?


 なんで私がてめえのモノになっただの言っているんだろうか、この阿呆め。待遇は保証するだって? じゃあ、今すぐこの式締めをときやがれ。この最低野郎、しねよっ!


 私が心の奥底、おかされていない箇所で悪態あくたいついている間に皇太子は牢の中にあった棚からなにか取りあげた。首輪。芽衣につけられていたのより頑丈そうな、はがねの一品だ。


 然樹皇太子は慣れた手つきで私に首輪を取りつけて鎖を引っ張って立つよううながす。


 されるがまま立ちあがった私のそばにいる誰かが視界に入る。芽衣。小さな女の子はおどおどして、どうしたらいいかと迷っていたが私と手を繫いだ。温かい、細指が私の指に絡まる。ああ、こっちの腐れ皇太子との接触より億どころかけいの域でこころよい接触だな。


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