一一四話 悪趣味極めた処刑方法


「へえ。なぜ? 僕は君の希望に沿ったよ」


「……てめえは私の魂魄こんぱくしばる気だろうが。このコにしたように。私が帰る場所は天琳テンレイ国でぶれない。だからその要求は呑めない。他のにしろ。考えてみてやっていいから」


「貴様っ殿下に無礼な!」


「うるせえ、雑魚ざこ。引っ込んでいろ」


 然樹ネンシュウの質問に答えた私は最悪の、でも正しい予想を告げて拒否の意を示して私が帰るべき場所を端的たんてきに教えて呑めない要求を却下し、他に考えろと言ったが琴線きんせんさわった。


 ばんのひとりが怒鳴って私のそばにいる猫人ねこびと族の女の子がびくっ、と震えて私にしがみついた。小刻みに震える体。恐怖に染まった瞳から察せた。拷問ごうもんもあったようだ。


 こんな小さなコ、相手にどんな暴力を振りかざしたのだろう。なにを言い、やらかしやがったんだか、不明だが私は少女をあやしてやりつつ視線を戻すと番は、減っていた。


 より正確に言うなら然樹が殺して減数させられていた。いや、まだ生きているか。


 死に痙攣けいれんしている男の姿が見えないでいいように私は少女を背に庇っててつく微笑びしょうを浮かべた皇太子こうたいしを見つめた。まさか、てめえの配下で人間にすら尊厳そんげんを見ないのか。


 張り番の片割れは心底恐怖した様子で続けて私をとがめかかった口を押さえてはしに避けていく。皇太子、然樹は愉快そうに笑っている。なに、こいつ。新しい、新手の変態?


 そうとしか思えない。死を笑うなんて。いためよ。到底、無理な話なんだろうがな。


 だって、もはや人間としての心があるかすら怪しいじゃないか。こいつはやはり危険な思想を持っている。私とはまったくことなる考え方をして、がった心は黒くて。


「誰が、いつしゃべっていいと言ったのかな?」


「……っ、ぁ、助け、た、しけへく」


「空気も読めないバカ、らないよ」


 それだけ言った然樹の腕が振りあげられ、同時に彼が握っている刀も持ちあげられてそして。私は少女の耳を重怠おもだるい両手でしっかりふさいだ。少女も察して目をぎゅとつむる。


 直後、響いたのは断末魔だんまつまの絶叫、であろうそれ。だったけど一声じゃなかった。何度も何度も聞こえてくる奇妙さの謎はあの皇太子がしている陰湿いんしつさにある。わざとかよ。


 わざと急所を的確てきかくに外して何度も何度も刃先で突き刺しているようだ。心臓に繫がる太い血管を。肺を。肝臓を。他各所臓器だけでなく筋肉のたばを引き裂いて肉をえぐって。


 精神せいしん衛生上、非常に悪い音声だ。野蛮やばんな音、悲痛な叫びはだが、途中でにごる。皇太子の刀が口に突っ込まれたからだ。咽頭部いんとうぶの背に抜けた刃が牢の石床に突き立つ高い音。


 でだ、その先に予期せぬ摩訶まか不思議が起きて私はめんの下で目をまたたかせた。花が咲いたのだ。然樹皇太子に滅多刺めったざしにされていた男の体を喰い破るように皮膚ひふを貫く緑。


 緑は蔓延はびこっていき、死体を覆い尽くしたと思ったら白い大輪たいりんの異常に美しい花が咲き誇った。華々はなばなしく、美しく、どことなく冷たくて綺麗な、美麗にすぎるその花が怖い。


 背筋がこおる。そんな気配。しかし、どういうことだ。なぜ、なんで花が咲くのだ?


「綺麗でしょう?」


 私が怖気おぞけを覚えていると然樹皇太子の声が聞こえてきた。張り番をしていた元衛仕えじ亡骸なきがら優雅ゆうがに咲いている花を一輪いちりん摘み取って口元に持ってきた男はそんなことを訊く。


 綺麗。たしかに綺麗だが素直にその美を賞讃しょうさんする気が起こらないのはどうしてだ?


 すると、私が無反応でいるのを皇太子はくすりと笑って手にしていた花を捨てた。


「生きながら苗床なえどこになった人間が咲かせる花はこの世で最も美しいとされるんだよ」


「……悪趣味あくしゅみがすぎる」


「そうかな? どうせ稀少価値プレミアもつかない不細工ぶさいくなんだ。せめて最期は綺麗に飾られた方がいいと思うけどね、僕は。さて、仕切り直そうか。……うーん、じゃあ、顔は?」


 然樹皇太子が言ってきたことに私は反吐へどがでそうな心地になった。ひとを生きたまま苗床にして花咲かせる。極東きょくとうの島国に死んだ犬を焼いて灰を枯れ木にまくと花が、という話をユエが言っていた。「普通、埋めぬか?」と。こいつの所業しょぎょうはそんなものじゃねえ。


 同じ人間を植物の養分ようぶんにしたのもびっくりだが、生きたままやしにし腐った。これで嫌悪するな、とか異常に思うな、という方が無茶振り。なのに、何事もないように。


 なかったように話を仕切り直しにかかってきた皇太子の思想だの思考回路だのの異常さが目盛めもり振り切りすぎて、もうついていけない。こってり甘い花の香りが胸糞悪い。


 てか、顔? 顔って、どうい……。ああ、顔。素顔すがおを見せろ、ってか? 普段の私だったらこちらもねただろうが、先んじてひとつ断っていてどうも拒否しにくい。


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