一一三話 まだ、状況はましな方か、も?


 だったら、皇帝こうてい陛下にねてもらえばいいか。殿下がいくら払うと言っても所詮しょせん彼は皇太子こうたいし。皇帝じゃ、天子てんしじゃない。その一点で決定権がない。意見を述べようと。


 そのことを恨みに思うこともない。だって、ユエ辺りがとっくにとっておきの仕置きをしていそうだし。殿下のおバカを叱りつけてくれている。……面倒臭がらなければね。


 そこんところは謎で不可解だが、ま、どっちでもいいや。殿下を守ったといえ、それで捕まるへまをしたのは私だ。殿下に責任の一端いったんはあるかもしれない。それでも――。


 自己責任で私はここにいるし、こうして命に責任を負うことにした。悔いてない。


 これでよかった。あのままではあの性根しょうね腐った皇太子がさしたる理由もなくこのコを処刑したかもしれない。そんなの許せない。許さない。命、大切。なんて言わないが。


 当たり前に、必然で私はこんな権力のもと、欲望のままに生きるアホとは違うので。


「へえ。驚きだね。もう動けるの?」


 ふと、声。あの根腐ねぐされした皇太子、たしか、えっと然樹ネンシュウといったか。こいつの声がまったくたたえる要素ようそのない、意味あいない声で感嘆を述べてきた。無視。猫人ねこびと族の女の子は私の無視、という応答しない返答に驚いているが、私は一応でこころみてみる。……失敗。


 枷を外してやろうと思ったのだが、やはりあやかしに対する抵抗性が特別高いらしくささやかすぎて愚かな、阿呆あほうな抵抗の真似事に終わった。どうでもいいはそうだけど。


 だが、いざという際、反抗が封じられたままなのはさすがにまずい。せめて動けねばせっかく拾った命もふいにしかねないとなればつとめるべきことに努めねばならない筈。


 そう、考えただけの行動をなぜ? とがめ、ているわけではなさそうだが褒めてもいないという不明さ。もう、動ける? それはどういう意味で? やはりあの薬はかなり?


 きつかったんだろうか。いや、きつかったが。ハオがいるお陰で毒や薬への抵抗性も向上こうじょうしている筈の私をいかに大量に多数の得物えもので貫いたといえ、瞬時に昏倒こんとうさせたのだ。


「ふむ。君は、ただのしき持ちじゃないね?」


「……」


「あれ、これくらいは反応してもいいんじゃないのかな、水姴スイレツ将軍。僕は皇太子な」


「私に身分なんて称号しょうごうはあってなきがごとし。それがわからねえわけじゃねえだろ?」


「ふふ、そうだね。あの枯れ皇太子嵐燦ランサンにまで「てめえ」と言い放つくらいだもの」


 あ、そうだったっけ? いっけね。うっかりしていたって感じだから、茶目ちゃめということにして流してくれるといいな、殿下。……いやあの、そもそもそうした乱暴な言葉がでていった主原因はその殿下、嵐燦皇太子にあるとは思うが。ちぇ、殿下のせいだ。


 私がこんな目にっているの。そう、だからついついうっかり乱暴さが戻ってきただけだから、あなたの阿呆の罪ととっかえっこで許してくれ。つか、許しやがってくれ。


 つーかさ、こいつ。然樹だのいうのは殿下に何度も「枯れている」だの言っているのだが、殿下ってそんなしょっちゅう干乾ひからびかけているのか? 元気に見えるんだけど。


 私がひっそり首を捻って傾げてしているとクソっ垂れ皇太子が甘やかな顔に笑みを浮かべて私を直視してきた。……本当に、世の中は不公平すぎると思えてならない。こんな根性悪こんじょうわるにこんな甘美かんび極まりない美貌びぼうを与えるなんて。利用し放題だろ、絶対絶対必ず。


 私も美醜びしゅう判断くらいはできる。殿下や月はいまだに鏡を嫌う私に「まだ勘違いか」と訊いてくるがそうじゃない。長らくそうしていないので苦手、なだけ、だと、思うよ?


 いや、私が美醜を正しく判断できる、できないは置いておいてだ。とりあえずこの皇太子は私になにか要求があるらしい。……当たり前、か。私が先に要求したのだから。


 そして、それを叶えてもらった。突っ撥ねられないが仕方ない。あのまま放っておいたらこのコは殺されていた。さて、なにを言ってくるやら。負の予感しかしないがな。


「君の本当の名前はなんだい、水姴将軍?」


「……そんなものはない」


 私の答に泉宝センホウ国皇太子はくすくす笑った。


 私は嘘に向かない、というのは承知しているがここまであっさり見破られると腹立たしいものがある。だが、同時に相手の知恵者ちえものとしての頭のよさに一片いっぺんの恐怖を覚えた。


 こっそり恐怖する私に皇太子、然樹は崩れぬ微笑みで美貌をいろどって優しくたずねた。


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