一一一話 泉宝国の、皇太子の最低さ加減


「やあ、どうだい?」


「こ、これは殿下っ」


「お前たちには言っていないよ。ねえ、水姴スイレツ将軍? もう目が覚めたんじゃない?」


 いや、おい。どういう差別だそれ。てか、どう、って訊かれて普通に牢に入れられている方が「はあ、今最低気分です」とかって答えるとでも思ったか。頭おかしいだろ。


 てか、「もう」とつけるってのはどういう意図? もうそろそろ、か。もうすでに、かは不明だがとりあえず私は苛立ちのまま無視する。しようとした。が、床に気づく。


 牢の床。這っている、這わされているのは頬を腫らした少女だがどこかでなぜか見たような顔立ちというか雰囲気ふんいきがあり一瞬、瞠目どうもくする。どこで……――あ。ああ、クソ。


「本当に最低だな、てめえ」


「あは、お褒めにあずかり光栄だよ。で?」


「あ?」


「「これ」がいるから、口を利いたんでしょ? なくてもお喋りする気はあるかい」


「ねえよ。あるわけねえだろ。そのコ」


「珍しいでしょ? 猫人ねこびと族っていうんだって。猫又ねこまたがごくまれに進化するとこうなる」


 そんな稀少種にどうやって首輪をつけたのか、なんて知りたくねえ。さらにはそれの親にいたっては戦場いくさばの駒に使用している、と。娘の為。そうあの猫っぽい男は言った。


 このクソ皇太子こうたいしとらわれた娘を救う為に、わずかな可能性に賭けて命をたくに乗せ、言われるがまま死組しぐみだ、と知りつつも突っ込んできた。そして、どうしてか気がくじけた。


 私を見て、私にもし、娘を救ってくれるなら降伏させてほしい、と言おうとしたところを遮られた。……多分だ。予想だ。違うかもしれない。が、アレは鬼気迫った表情。


 自身より強くる者にすがりたいと願う男の必死の懇願こんがんだったのだとはわかった。可愛い我が子の為に、愛しい子の為に命をなげうっていいと覚悟しても、おそらくはこちらの。


 ハオの気配を鋭くも察して、敵わない。格の違うあやかしを身内に宿す者だ、と知れたのかもしれない。だから、そんな私に唯一の活路だった戦う、という道よりよほど高い可能性を見た。囚われの娘を解放できる、そういう可能性を。んなもん、期待されても。


 あやかしの心理はなんとなく理解できる。強き者に従う種族たちだ。あのクソ脳味噌腐った皇太子より私に期待するのはわかる気がした。危険少なく、見返りも必要なく。


 でも、結局私は私の大事だいじな殿下を守る為に「こう」なってしまった。ざまあない。


「ふうん? じゃあ、「これ」を踏み殺したら喋る気が起きるかもしれないのかな」


「その発想がクソだ、っつってんだ」


「弱い者が死ぬのは自然の摂理せつりでしょう?」


「てめえのそれは自然の淘汰とうたじゃない。てめえより弱くて幼い者をしいたげる卑劣さだ」


「あはは、水姴将軍。ずいぶんとこの猫のなり損ないに同情するねえ? どうせもう守ってくれる存在だっていない、いくあてのないこんなものに同情してどうするのさ?」


 ぐす。そこではじめてその、猫人族の少女が声を漏らした。涙の色濃い、泣き声。


 聞き咎めた皇太子だが、口角を吊りあげて私に笑いかけた。……充分理解できた。


 見せしめ。このコのそばか、目の前であの男は、このコの父は殺されてしまった。最期の最後までこの少女を守る為に命を張った。それを、この男は見世物みせものであったかのように笑っている。叛意はんいの摘み取り。それは軍を纏めるに必要なこと。でも、クソの所業しょぎょう


 なんで、そんなこと。どうして、そこまでして他の命をおびやかす? 逆の立場だったらなんて言っても無駄だ。この男にあやかしは利用される駒以下にしかうつらないから。


 その存在にあるべき尊厳そんげんを見ていない。ひどくて惨いことに。少女の嗚咽おえつが、震える泣き声が大きくなっていく。自らの迂闊うかつさで偉大な父をうしなったことを? それか……。


 そうまでして父が守ってくれたのに自らに先がない、なさそうだというのを敏感に察知して申し訳なさといたたまらなさ、恐怖と悲しみと痛みとで苦しんでいる。そんなの。


「うるさいよ、野良猫が」


「ひっ」


「少しは使い道があるかと思ったけど、あまりに無様ぶざまだ。だからさ、ここはひとつ」


 ひとつ、だと? てめえ、最初から始末する気満々だったクセになにを寝言ほざいていやがる。そのコに責任も罪もなにもないのに。私に親子の情はわからないが、でも。


 でも、浩がもしも私の保護者だったなら、いつどんな時でも力を貸してくれる、助けてくれるというのならわからないながらにわかる。私は、あのコだ。無力で悲しい


 庇護ひごされるべき存在。これまで、自分をそんなふうか弱いと思ったことなどない。なかったがもしも浩が私の身内にいなくてそばに在ってくれたなら。守ってくれた筈だ。


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