意識が覚めた先は――

一一〇話 目覚めたそこは冷えた鉄格子の中


「……ぅ」


 ふと、気づいた時。そこは薄暗い場所だった。目が順応じゅんのうするまでしばらくかかる。


 ひんやりした空気。まだ暑さがかすかに残っている気候きこうだったと思ったのだが、思い違いだったんだろうか。それとも、そ、れとも……あれ? ここは、どこなんだっけ?


 目をしばたかせてみる。うっすらと陽が入ってきているけど、背中に当たる感触は硬い石のそれ。首を捻って視線を動かす。見えたのは暗いへやに敷かれた石畳の床と鉄扉てっぴ


 そして、鉄格子の向こうにひとがふたり並んでこちらに背を向けているのが見え、私はうっすら霧がかっていた意識が目を覚ますのを感じた。そうだ、私。殿下を庇って。


 と、いうことは。ここはひょっとしなくても泉宝センホウの国で、そこの牢に入れられているっつーことだな。……クソっ。初陣ういじん捕虜ほりょというか虜囚りょしゅうになるなんてどういうはずかしめだ!


 それもこれも殿下を、うちの殿下を挑発しまくったあの腐れ泉宝の皇太子こうたいしのせい。


 でも、な。平素へいその殿下ならあんな、あそこまで見え見えの安い挑発に乗ったりしなかっただろうに。どうしたんだろう、殿下。なにが気に喰わなかったんだ? まったく。


 とんだとばっちりだ。だけど、責めようという気にはならない。少なくとも理由も知らずには責めようもない。くだらない、私にとってくだらない瑣事さじでも殿下には大事だいじ


 そんな思想の相違そういだってある。仕方ない。終わってしまっておちいってしまった事態の原因を探すなんて不毛ふもうだ。それよりはなんとか生きて戻る方法を模索もさくした方が建設けんせつ的で。


「なあ、この女将軍、死んでねえよな?」


 になることをしよう、と思っていたら声が聞こえた。知らない男の声が疑問を吐くのが牢にこだまする。これに応えたのは当然、発した男の片割れとして立つ男だった。


「死にゃあしねえだろ。貴重な検体けんたいだぞ」


「あ? 人質ひとじちじゃねえのかよ」


「だったらとうに身代金みのしろきん要求だしてるさ。然樹ネンシュウ殿下のお考えあってこうしてんだろ」


 ……。なんかいろいろ聞き捨ててはならないことを言わなかったか、あの野郎共。


 検体、ってなに? しかも人質ってたかが名もない一将軍になんの価値があると?


 意味不明。なにをわけクソわからんこと言ってやがる? って、ネ、ンシュウ殿下だとか言ったな、今。殿下、ってことは皇太子。ああ、あの式締しきじめしていた腐った頭の。


 そういやあ、あの時の、式に無理矢理させられていたあのあやかしたちはどうなったんだか。なんて、こと考える私もたいがいにお人好しで危機意識がないってやつだな。


 今は他の命の心配より我が身の心配だろうに。しかし、幸いなこと顔に感じる感触からしてめんは外されていない。接着のまじないをかけたとて砕かれたらおしまいだから。


 それかなにか。砕く際の衝撃で起こしてしまうと配慮された、のか? それもたいがい不可解ではある。だって、たかが名もない将で、それどころか虜囚でしかないのに。


 てんで、わからない。意味も理由も不明で困惑するがどうしたものか。逃げるか?


 今ならばんも背を向けている。絶好の機会。かと思ったがやはり下衆げすだけありらん気をまわし腐っている様子。両手にかけられている枷に付属ふぞくされているのはきっと。


 封妖ふうようじゅ。もしくはあやかしを神になぞらえて封神ふうしんの呪と呼ぶ地域もあると聞くがここの皇太子はあやかしを捨て駒みたく扱っているし、前者が当て嵌まるだろう、うん。


 とにかくあやかしの、妖気ようきを含んだじゅつだのあやかしの力だのを封じ込める呪術じゅじゅつを施した枷を使っている様子。体が重い。それとも薬の影響か。あの時のアレはきっつい効能を持っていた。アレじゃあ並のあやかしもうっかり死にかねない。ハオのお陰でこの程度。


 張り番が案じる、ということは相当日数眠っていたのか、それとも微動もしないことを不審がられたか。どちらにせよ、まだ体がだるい。気を抜いたらまぶたが落ちそうなほど。


 眠たい。……。いや、いやいやいやっ! しっかりしろ、私は天琳テンレイ国の将軍、水姴スイレツとして今、るのだから。寝ている場合じゃない。でも、どうすべきかわからないなあ。


 これまでぞくに寝込みを襲われそうになっても奇襲きしゅうはさせなかったし、あのきつねもいたからもつれ込んで混戦こんせんのような乱戦だった。けっしておくれは取らなかった。だから、はつだ。


 こんな、あんなふう、一方的にやられて捕虜にされるだなんて経験。それもこれも殿下のせい、になるのだろうか。彼がいなければあのあやかしたちも自由になれたかも。


 私も、とらわれることなどなかったかもしれない。などという想像をしたところでもうどうしようもない。起こってしまったことに怒っても仕方がない。不毛で徒労とろうだから。


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