一〇七話 なぜ。こんな展開予想できるか!?


 しきを、あやかしをモノのように扱っているのだ。ひとをひとと思わないどころではなかったようだ、この男。で、顔はなんのアレなのか嵐燦ランサン殿下とは別種類の美形である。


 若い女の子たちがキャーキャー言ってはやし立てそうだけどその中に私は、いない。


 殿下と違う亜麻あま色の髪にかんむりをした上で巾子こじを使って纏めている皇太子こうたいし値踏ねぶみするようにこちらを見つめてきている。私は槍を担いだまま出方を窺う。先の式は沈黙する。


 みずからをしばりつける皇太子の登場で萎縮いしゅくしてしまっているのだろう。ここで私への恭順きょうじゅんを見せれば人質ならぬ妖質ようじちとなっている娘に危害が及ぶ。冷や汗を流して怯えている。


 このあやかし、軽い見立てではわりかたじょう中位ちゅういクラスだと思うがそれがどうしてむざむざ娘を質に取られるへまをした? ……いや、なんとなく予想はつくが。この皇太子、つらだけはよいから娘の方に接触したか。甘い声で優しく名をたずねたとしたなら、納得だ。


 まず娘がばくにつかされた。それを解放しようとして自らくだった。ってところか。


「ずいぶん強そうだね、君」


「は?」


「どうだろう。あんな枯れ皇太子より僕の方がいろいろ満足させてあげられるけど」


「冗談よせ。てめえが殿下以上のものを私にだせるとか自惚うぬぼれるにもほどがある。それにそもそもきたねえんだよ、あやかしたちを縛りつけて脅迫きょうはくするだけでなくいくさにだすとか」


「あれえ? 君も式持ちだろう?」


「一緒にするな。私の式は変わり者なだけ」


 ユエを、私が縛れる筈ない。そんなつもりもない。私自身があやかしの方に近い感情を持っているせいだろう。このクソ皇太子の所業は看過かんかしがたいほど悪辣あくらつ卑劣ひれつ外道げどう


 それに高位こういの式持ちイコールで式めをおこなっているという判断をするのが思考の違いを感じさせる。ヤバい。こいつは想定以上に危険だ。甘い顔と声でたくみにさそまどわす。


 あやかしは特に名を明かす、相対あいたいす者に向けて明確に明かすという行為に危機感を覚えているのが常識。式締めを知っていればなおさら。名を知られることでたましいまで縛られかねない。で、一応禁止されてはいるがこの式締めを人間に応用するこころみもあるっぽい。


 だとしたら、陛下が私に「水姴スイレツ」の偽名ぎめいを与えてくれたことに感謝だ。私は普通じゃないがそれでも生身なので常軌じょうきいっした拷問ごうもんに屈しない過剰自信は持ちあわせてない。


「へえ。よほどあやかしにかれるんだな」


「どうだろうな」


謙遜けんそんしなくていいよ?」


「ああ。薄汚うすぎたな陰湿いんしつな手口しか手札にないてめえなんぞよりは尊敬されるだろうよ」


「口が悪いね。矯正きょうせいしてあげようか」


「はっ、どうやってだ?」


「簡単さ。そこのおバカが大事なら、ね?」


 一瞬、なにを言われているのかわからなかった。だけど聞こえてきた覚えのある沓音くつおとと兵たちのどよめきで状況判断。泉宝センホウ国の皇太子に突っ込んでいこうとする影に私は体当たりを喰らわす。平原へいげんを滑っていく人影はここにいる筈のない人物で、鼓動こどうはじける。


 なんで、ここに。いや、なにをして。


 と、そこに紙型かみがたの式たちを全滅ぜんめつさせたらしき月が合流してきたが、赤い唇を開く。


「皇太子。なぜ、ぬしがここに……?」


「くっ、水姴! 邪魔をするな!」


「邪魔はてめえだろっなに考えてんだ!?」


 皇太子。そう、嵐燦殿下がなぜか戦場いくさばおもむいていたのだからこれを混乱と言わずなにをそう言え、と? 本当に、本っ当ぉおおにこのひとは自分のお立場をわかってない。


 こんな、式がわんさといる危険な戦場に現れるなんて自殺行為だ。いや、絶対に死なせないが。ここでこのひとが死んだら天琳テンレイの国は陰りに包まれるどころじゃないんだ!


 なぜそれがわからん? どうしてそんな簡単なことの判断もつかなくなっている?


 ああクソっ! これじゃあ違う意味で番狂ばんくるわせ。殿下を守るのが最重要にして最優先になってしまった。とはいえ、相手の式たちが戦意喪失せんいそうしつ気味なのが唯一のす……――。


 そこでふと、気づいてしまったことがひとつ。私は一寸ちょっとほど迷って悩んだが結局天秤てんびんが揺れることすらない。私は立ちあがって刀を構えようとした殿下を月に突き飛ばす。


 体丸ごと使った体当たりでその場をどかす。どけさせた私が代わりに「そいつ」を喰らうが仕方ない。なにをいても殿下の安全と保身が大事だ。比べるべくもなく、な。


 地上に降り注ぐ青竹あおだけの細い槍たちが私の体をところ構わず突き刺していく。よろいもなにも関係なく私の体を地面にめていった。遠く月の叫び声。殿下の悲痛な叫びがこだましたように聞こえた。この竹槍たけやり……薬剤が仕込んであるのか、意識が混濁していく。


 ざくり。平原の草を踏む音がいやに大きく、近くから聞こえてきた。私が最後の意識で見上げるとそこに見えたのは意地悪い顔をした泉宝の皇太子の姿だった。動けない。


 それは、男が竹槍を手の一振りで消し去っても変わらず。全身にぶっすり注ぎ込まれた薬がまわり切ってしまい、動けない私の腕が掴まれ、誰かに抱えられた気がした。同時に手にしていたハオの槍が私の手からずるりと滑って、手離てばなれて、地面に落ちていった。


然樹ネンシュウっ、貴様!」


「あれ~? 事態をまねいた張本人ちょうほんにんがなにを言う気でいるんだろう? ふふ、この女将軍はしばらく僕が預からせてもらおう。いろいろと興味深い。研究し甲斐がいがある。ね?」


「……っ」


 耳のすぐそばで嫌みったらしい言葉がしていて、聞こえているような気がしたがそこまで。私は意識を保っていることができなくなり、まぶたが静かに落ちていく。最後に見えたのは怒りみなぎらせた恐ろしい口元の月と悲愴ひそうな表情の大切なひと、嵐燦殿下の顔だった。


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