一〇四話 それは、ある意味はじめての


「おい、皇太子こうたいし水姴スイレツに会わせたくないだのなんだ言うてしゃしゃりでるでないぞ」


夏星シィアシィン、俺が負けると? あの陰湿いんしつに?」


阿呆あほう木剋土もくこくど、とあろうが? ぬしでは相性あいしょうが悪い敵なのは知れたこと。まかり間違ってぬしが捕虜ほりょにでもなったら面倒臭、ではなく迷惑を国全体にかけるのぢゃと知れ」


 こいつ、皇太子に捕虜になったら面倒臭いだのと言おうとしやがったが、結局迷惑をかけるという前提ぜんていでいるひどさ。殿下の実力なんて私も知らないがたしかに捕虜となったら保釈金ほしゃくきんだどうこうで吹っかけられるのは目に見えている。殿下は、不満そうだなあ。


 不満なのは理解してあげるから引きさがってほしいというのは私なりに案じてだ。


 殿下は私やユエとは命の重みが違う。敵国にとらわれていい御人おひとじゃない。そこを殿下が理解してくれないと説得したって無意味なのだが。当人は負けん気が前面にでている。


 毛嫌いしている相手に自身が負けていないと言いたいのは、男性だし矜持プライドもあるだろうから主張したいのはわかるけど。明らかに不利な相手だ、とわかっているんだしさ。


 そこは矜持にふたをして引きさがってくれないと私も困る。案じられてだから余計。


 だから、月の言うことに賛同する。私や月ならいざとなっても大丈夫だろう。殿下は違うんだと知ってほしい。至上しじょう御身おんみ、だってことを誰かというか陛下が説くべきだ。


 そう思って陛下に目配せするが、陛下は首を横に振る。は? どういうことです?


 ……ま、さかもしかして一度言いだしたら聞かないとか? 身をもって知れ、とか?


 そんな無茶苦茶あるかあ? と、言いたいけど私が口をだすと殿下の性格上よりかたくなになりそうだしなあ、うーん。うーん。月は説得を継続けいぞくしているけど殿下は無視、だ。


 えー。これってどうなんだ。どうなっちゃうんだとは思うけど結局殿下は聞く耳持たずで軍議ぐんぎは次回に持ち越しされることでなかば強引に閉じられた。閉じるしかなかった。


 金狐宮きんこぐうに帰る間、月はずっと不機嫌だった。別れるまでは殿下も散々言いつのられて月に腹を立てているようだったし、私は肩身狭い心地で、胃がまたしくしくしだす始末。


 はあ。困った御方おかただ。でも、これくらいが強くないと皇太子なんて重責じゅうせきを負い切れないのかもしれない。しれないが、これは、ない。私は所詮しょせんひとりの将軍でしかない。


 例え、きさきだとしてその発言権が殿下よりまさるわけなく。殿下が聞き入れてくれるとも思えない。だって、月、だけでなく私のことも無視している気がしたので。私が殿下の出陣に反対意見を持っていると見透かしてしまっている。そして、それが気に喰わない。


 ……そういうこと、なのだろう。


 あの軍議からこっち殿下は金狐宮に来なくなった。私は勉強がはかどる一方淋しくてたまらないのだけど、それを殿下に訴えても出陣に賛成しろ、と言われたら困るのでしない。


 そして、月も不機嫌なままだ。気詰まりな空気を変えたいと願えども殿下が頑なになっているところをつついてもやぶから蛇どころでなくとんでもないのがでてきそうだし。


 こればかりは皇后こうごう陛下も管轄かんかつ外というもあり、言いふくめられないようでアレ以降殿下は軍議にも参加しなくなった。情報はいっていると思うが、説教を喰らう趣味ないっ!


 そう言わんばかりだ。皇帝こうてい陛下からの忠告も素通りで月の正論での説教も通じず。


 不機嫌な殿下と顔をあわせることなく、かといって機嫌のいい殿下に会うこともないまま日にちばかりが悪戯いたずらにすぎていって迎えたいくさ勃発ぼっぱつするであろうその日、その刻限私は軍装ぐんそうを整えてみやを月と共にでて禁軍きんぐん詰所つめしょよろいを着込んだ。殿下が選んでくれた品。


 つきたいため息を堪え、私は禁軍で預かるへいたちに挨拶し、背はよろしくということで進軍の為に詰所をでた。外で厽岩ルイガン将軍と落ちあい、力を尽くそうと合図しあい歩む。


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