一〇三話 陛下のわからん発言と殿下の不機嫌


「やはり、しきの気配にはさといな」


「普通、だと思っていましたが」


「いや。よく気がついた。お陰で助かった」


「光栄です」


 その通りだったから私は光栄です、と返してついで謎の不機嫌に包まれた意味不明殿下に向かいあう。向かいあったのだが殿下は困ったように視線をうろ、と彷徨さまよわせた。


 なんだっつーんだよ、殿下あなた。……あ、ああ。泉宝センホウに私が将軍にくことがバレていたのが悔しかった、とか? だけど、女の将軍が~ってだけで「これ」があなたの選んだきさきだとは思われていないようだった。と、思うのは私の認識が甘いだけだろうか?


 もしもそうならそうだ、とはっきり言ってくれないと私ではわからないんですが。


 でも、殿下のこの雰囲気ふんいき。なんだってこんなに不機嫌なんだろう。相手国の皇太子こうたいし出張でばってきたのが気に喰わない? 私と戦闘になるのが不愉快、だとかいう感じです?


 あの、えっと。殺しあいをするんであってお見合いするわけではないんだがそこのところわかっているんだろうか、殿下。なにひとつけしからんことも不穏なこともない。


 それとももしかして相手の皇太子、えーっと然樹ネンシュウだとかいうのが殿下に「枯れ果て皇太子」だとか言ったのを気にしている、のか? ……うん? 殿下のなにが干乾ひからびていると言いたかったんだ。殿下、喉が渇いていたとかでもなさそうだし。ふうむ、不可解。


「あー、っと。水姴スイレツ


「はい?」


嵐燦ランサンはけっして枯れては」


「? はあ。干乾びては見えませんが」


「え?」


「は? え、じつは喉が渇いてカラカラに?」


 私の「当たり前」に抱いた返事にしかし陛下は苦笑いというよりこちらさんこそ乾いた笑いを浮かべている。なに、どうしたとおっしゃる? 父子おやこ揃って干乾びそうなの?


 うーん。いまいちわからない私が困っているとユエが殿下を小突いているのが見え、なにをやっているのやらなんて感想を新たに抱いた私だったが、月は呆れた様子でいる。


 殿下は、うわなにその不機嫌さ。かなりイライラとキている模様もようではありますが。


 生憎あいにく不機嫌の原因、根本原因がわからない私が迂闊うかつに口を挟むわけにもいかず、ちと曖昧あいまいかなあ、とは思ったが殿下に首を傾げて「はっきり言って」とお願いしておいた。


 むすっとした殿下は私の「はて?」により一層機嫌をそこねでもしたかご機嫌わるし。


 ただなあ。そんなふう態度だけで示されたって私たちは熟年じゅくねん夫婦ふうふではないので伝わらないったら伝わらないんだよ、殿下。なのでお願いだからいっそはっきりしてくれ。


 私たちが以心伝心いしんでんしんできるようになったらそれはそれでいいかもしれないが、なあ。


 現状不可能な特殊能力に目覚める希望は捨てて言葉に、声に、音にしてくれない?


 その方がお互いの精神衛生上よろしいでしょうから。だって、伝えたいのに伝わらないなんてもどかしいことじゃないのか? 違うんだろうか。どうなんだ。わからない。


「なぜ、応答したのだ」


「……え、は?」


「あの陰険いんけん根性悪こんじょうわる皇太子になぜ応えた?」


「あ、のですね。普通、応えませんか?」


「……。通常なら応えないのは不審ふしんに思われるから応える。だが、水姴には受け答えしてほしくなかった。あの男とは以前紙の輸入について各主要しゅよう国の皇太子が集まる会合かいごうで会ったのだが実に腐った性格をしていた。アレはあの思いあがり徳妃とくひかようものがある」


 うん。これは突っ込まないであげるべきだろうな。思いあがり徳妃って先日廃妃はいひにされたあの上尊じょうそん徳妃のことだよな? アレに通じるならばまあ、ええ。腐っているのね。


 アレは私でも反吐へどがでそうだった。腐った性根しょうねの人間など掃き捨てるほど見てきたがその中でもドドン! と上位じょういに喰い込む性格のじれっぷりだったからなあ、あの女。


 後日、美朱ミンシュウ様が言っていたのを聞くに元は東の出身だったのだとかいうので木性もくしょうが強い女だった。下級妃かきゅうひたちの連名にして皇后こうごう陛下に殿下堕胎だたいの品を贈ったこともあるとかなんとかだったので性格が悪い、どころでなくマジで腐っていたのだろう。おそらくは。


 でも、東の大国の皇太子があの元上尊徳妃に似通った性質せいしつを持っている、もとい近しい性根だというのならば、あのアレだアレ。殿下が好けない、というのはわかる気が。


 元よりりがあわないのだろう。ここは、天琳テンレイ皇都こうとはこの大陸の中心地に近く土性どしょうが強い。木剋土もくこくど。木性は土性を剋するとされているのでその関係もあって余計にかな。


 でも、一回か二回かとかそこら辺はわからないが会ったことがある殿下がこう言えどもそれが敵として現れるなら仕方ないし、対峙たいじせねばならず、撃退げきたいせねばならず、だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る