一〇二話 覗き、だけではないようだ


 ……うえええ。変態かっつの!


 窓から身を乗りだしていた官吏かんりは落ちる途中の「それ」を捕まえて慎重しんちょうに陛下のもとへ運ぼうとしたが、私とユエが同時に立ちあがる。意見は同じ。その官吏に私は水かける。


 にごった悲鳴。頭の先からずぶ濡れになった彼はだがニタニタ笑っている不気味さ。


「女将軍、など与太話よたばなしだと思ったが、なあ」


「てめえは泉宝センホウの者か?」


「まあ、広い意味でな。触れた者に憑依ひょういする異能いのうを仕込んだしきだ。本体は別にいる」


 なんともあっさりネタをばらしてくれやがった相手の声はまだ若い。いっていて二〇代の半ば、だろうな。ずいぶんと若い指揮しき官か軍師ぐんし殿、もしくは将軍殿というわけだ。


 式を持っている官吏に一時的に憑依している相手は陛下をじっ、と見てから殿下に視線を移した。小バカにした顔を向け、けたけた笑う相手はだいぶ「イイ性格」のよう。


「残念。そこなひとりと一体が警戒していなければそちら代表たりうるふたりのどちらかに憑依すれば戦わずして降参させ、属国ぞっこくとせたというのに。ずいぶん用心深い」


「どうも」


「褒めちゃあいない。ああ、この水は浄化じょうか作用があるようだ。じゅつがもうほころんでいる」


 そう言う男の声は本当に残念そうではあるが同時に楽しそうでもある。なんだ。なにがおかしい? おかしなことなどなにもない筈だ。こちら側にも、向こう側にも……。


 それともなにか特殊な性癖せいへきでもあるか。よくわからない国のお偉いさんってのは。


 わからないながらにわかることも多少なり。この式をあやつるこいつは危険な存在だ。脅威きょういとなろう者。特別に強い、というわけではないだろうが危険な思想を持っているやから


 思想相違そういは時として最たる危険に結びつく。先ほどの木性もくしょう濃い者ではないがひとをひとと認識できないようなやつだったなら、敵国の人間はそれこそ駒以下として扱うな。


 駒として戦場いくさばを踊らせるのではなく、虜囚りょしゅうとして捕まえた人間に尊厳そんげんを見ない。そういう人種であろう。だとすれば、本来なら憑依の術なら逆探知ぎゃくたんちが可能だと思うんだが。


 月の様子からして術の形式では一方通行である臭い。なのに、送受信は可能とか。


 新手あらての嫌がらせみたいだ。だったけど。


「知らん声だな。どこのどいつだ?」


 陛下たちの前に厽岩ルイガン将軍のまさしくいわおのような巨躯きょくがそびえて言い放った。知らない声ということはあちらも私同様新参しんざんの将、ということか。もしくはこれまでおもてに立っていなかっただけで場には慣れている厄介で危うい人物か。そこら辺はよくわからないな。


 厽岩将軍の問いに相手はくっく、と笑って明確に、それでいて驚くことを言った。


「申し遅れた。泉宝国は皇太子こうたいし然樹ネンシュウだ」


「……ああ、聞いたことのある声だと思ったらやはり貴様か、然樹。らしい手管てくだだ」


「ふん。きさきひとり決められぬ枯れ果て皇太子の嵐燦ランサンが言うではないか。……おっと」


 私が水をかけた官吏の膝がくずれる。浄化が本格的にまわってきたようだ。憑依の術を維持いじできないくらいには。そのことに相手、泉宝の皇太子だという男は舌打ちを一発。


 そして、ひたり私を見据えてきた。いやな目。鬱陶うっとうしい障害じゃまを見る目はあのむらでのうとむ目に似ている。存在を認めない、そういう目。腐れ憎たらしい忌々しい視線だった。


 が、相手はそれ以上になにも言わず憑依を向こうからといたようで官吏がその場で崩れ落ち、紙の式は水に濡れてぐじゃあ、と潰れた。……いや、それにしても皇太子ね。


 私はうちの、というかこの国の皇太子を見てみると苦い苦い、それはそれはとてつもなく苦い蟲を噛み潰したようなお顔をしていらした。なんだ、なにが不機嫌に触れた?


 すると、視線を感じてか殿下がこちらを見たので首を傾げてみた。ら、顔そむけた。


 なんだ、いったい。とは思えども私は陛下の方にも視線を寄越しておいた。どう考えているのかわからなくてちらり、したになる。陛下は厽岩将軍と話し込んでいたけど。


 私の視線に気づくと私の頭をぽん、とでてきた。で、直後苦笑して余所を見た。


 私がそちらを見ると恨めしげな視線の殿下がいた意味不明でした。どうしたのよ?


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