一〇一話 過去の偉大な将の意見を私が


 ……えーっと、いくさの基本というものはどういう駒を使おうとくつがえらないもの、では?


 普通、前衛ぜんえいが最前列を叩く間に後衛こうえいじゅつの構成を終えて大火力で一気に敵をぎ払うんじゃなかったっけ。たしか、皇后こうごう陛下から貸していただいた軍書ぐんしょ兵法ひょうほう書にあった。


 話の感じからしても意表をきたい感じではないし、なにを考えているのやらだ。


 まさか、だが進軍途中のり方を見てこちらが勘違かんちがいして戦術せんじゅつを変える、とでも?


 それなんて無能むのうな将だよ。私は通常通りでいこう、いきたいなあ、とは思うがそれも総合的に統括とうかつする厽岩ルイガン将軍がどう言うかによって変わってくる。意見するのは下策げさくだ。


「見え見えすぎて判断に迷いますな」


「そうだな」


 だね。そうだよね。なんというかまあ、一周いっしゅうまわって素直すなおなのか、はたまたひねくれ曲がった、常人には理解の及ばない策を行使する軍師ぐんしひきいているのか。生憎あいにく、不可解。


 ただひとつだけ確実に言えることがある。


「よろしいでしょうか?」


水姴スイレツ? うむ、言うてみよ」


「敵方は木性もくしょう信仰しんこうしているのでしょうか」


 木性。その気質きしつ素朴そぼく純粋じゅんすいな者が多い。とは一般人に多いとされる意見であり、こと戦となればことなるのだと梓萌ズームォン陛下の父君である壬葉ミヨウ将軍は手記しゅきに書いていたからだ。


 一周まわって素直。それなら木性の純朴じゅんぼくさがにじんだ采配さいはいだ、と判じてもいいかもしれないが物事には例外が存在し、そうした存在が一定数喰い込むのが戦という地獄だと。


 その手記、皇后陛下の授業後に借りて読ませていただいたものによると、こうだ。


 とは一見して無害さを振りまくがそのじつ腹が黒い者が多数、見受けられた。腹黒さを悪だなどとそしる資格を将である自身は持たないが木性の濃い、濃すぎる者は有害無害云々どころでなく猛毒もうどく的な気質を持っている。まわりをあざむすべけ、バカを嫌う。


 バカ、とひとつにくくられることが多いがようは間抜けが嫌いでずるくともかしこさこそが正義せいぎとする独特の倫理観りんりかんを持つ。そのせいでひとをひとと思うことが難しくなっている。


 ひとをひとと思わぬ誰がしかが率いる軍団ぐんだん。私なら考えただけでゾッとする。そのひとにとって相手は血の通った人間でなく無知むちでバカで無能なただの駒でひとじゃない。


 動いてしゃべる。戦って多少場を引っ搔きまわす程度の駒。将棋しょうぎのようにめば済むのだから、と平然と徹底てっていして無関心むかんしんになんの感情も寄せず、駒以上に見ないままほうむる。


 それが木性の恐ろしさ。もしも、今回の作戦指揮しきをその木性の例外としてげられた腹黒い将か軍師があやつっているとしたなら油断ならない。通常と違う動きを見せる盤面ばんめん


 これで警戒しないならその時点で相手方いわくの間抜けになる。さらにはありとあらゆる状況を想定してつくられた盤をひっくり返す為には強力な手札カードが必要になってくる。


 木性の血が濃い者との戦とは学術がくじゅつの勝負をせいする頭か、はたまた上回る大火力か。


 このふたつが揃っていたら言うことはないがそううまくことは運ばないであろうという想定で私は梓萌陛下の父、壬葉将軍の記録した木性気質者との戦についてを語った。


 燕春エンシュン陛下は最後まで聞いてふむ、と思案しあんする吐息を零して以降沈黙してしまった。


 智略ちりゃく戦、となれば戦い方も変わるそうだし、私とユエしきを引きつけられたとしてもそれで万事ばんじ解決とはならない。厄介やっかいを極めて式持ちもしくは式を迂回うかいさせるかもしれん。


 いかに私たちが式たちの数を減らしても本隊ほんたいに打撃を与えられては元も子もない。


 結局は取ったもの勝ちの戦となる。乱闘乱戦よりなお性質たちが悪い。乱れがある程度で済めばいいが上回った場合対処できる者がいない禁軍きんぐん本隊が詰まれてはおじゃん、だ。


「ふふふ」


 突然、月が笑いだした。おかしそうに笑い声を忍ばせもしないきつねを、だが私もとがめないでひとつうなずく。月の指が飛発てっぽうなる火薬武具の小型化版のような形を取って窓の外へ向けられた。ぼっ! 外で紙が燃えあがる音だ。近かった者が窓から墜落ついらくするそれを掴む。


「覗きが好きよのう」


「出方が気になって仕方ねえんだろ」


「ぢゃがのう、こうもちょこちょこでてきては気色悪いぢゃろうが。違うんかえ?」


「ま、言いたいことはわかる。キモい」


 後宮こうきゅうに探りを寄越していたのも、もしかしたら殿下がこのところ私のところに入り浸っているのを知ってそこでひっそり軍議が行われている可能性を疑った、とかかもな。


 それ以外で、だったらちょーっと別の意味で気持ちが悪い。マジで覗き趣味じゃねえだろうな? 天琳テンレイきさきたちが日頃どうしてどのようにすごしているか観察してい、た?


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