九九話 久しぶり~な狐の「悪戯」仕置き


 アホか。三年前、しきをつけろというのを国が民に発令したというのにあやかしに偏見へんけんを持っているのも相当にアレだが、もしかしなくてもこのじじいが例のアレじゃねえよな?


 全土に向けて、中位ちゅうい以上の式をつけた者に優遇ゆうぐうを与えるという議案を殿下に発令させた張本人ちょうほんにん、だなんて面白くもねえこと言わねえといいけど。こういうのはおよそ……。


「ふん、式がつかなかったか、老いぼれ?」


「ふ、ざけるな小娘っ! 式などと穢れを」


昌暁チャンシァオよ」


 私が確信持って相手の爺に言葉を投げつけてやったら予想通りキレてくれた。や、予想以上に、だろうか。噴火しそうな勢いで怒鳴った、怒鳴ろうとした老害ろうがいだが、黙る。


 私など比でない御方々に名を呼ばれてしまったが為に黙らせられた。この老いぼれが言いかけたことが重大にして甚大じんだいな害を与えるであろうものと予想したが故にだった。


 陛下と殿下の声は険しい。当たり前、か。三年前に式をつけろ、と国中に命令を発した元凶げんきょう、と言ったらアレだが。私に「式無しきなし」とのそしりをつけ加える幇助ほうじょをしたやからなら。


 殿下は当然にいかる。なにしろその為に名を貸したようなものなのだから。今なお私を自身が不幸にしたという負い目を感じている殿下は我慢ならないだろう。そもそもが。


 そもそも、てめえが国民から有能ゆうのうな人材を発掘するのに国が率先して式をつけさせるべきだ、だのと発言したのだろうにその式を、あやかしを謗る。そんな真似をしようとしたのだから。おおかた「なぜ自分があやかしなどと穢れにつかれねばならん!」とか?


 そういうことを言おうとしたのにはさすがの陛下も横槍よこやりを入れるしかない。いかに重鎮じゅうちんであろうと、長く天琳テンレイを支えてきた高官こうかんであったって言っていいこと悪いことある。


 ……つか、むしろ一番言っちゃいけない立場だろうがクソ爺。てめえで式をつける案を通した、ごり押ししたクセにその式を差別するような、そうした発言というものは。


「へ、陛下」


「今、なんと言おうとした? 私の耳がたしかなら三年前にさかのぼってしてはならん、言ってはならないことを言おうとしたよう聞こえた。式の義務ぎむ化をうたって式を穢れだと?」


「え、あ。い、いえそ、れはその」


「義務化に伴って民の不満が嵐燦ランサンつのっていることも知っていよう。しかも中位以上の式をつけられたならば、と抜け道をつくって思考能力が著しく低い低位ていいの式は計上けいじょうしないとも盛り込んでおいたのは用心、のつもりだったのだろうか。ちょっと訊いてみよう」


 訊いてみる。あやかしについての常識ちえとくればこの女の専売特許せんばいとっきょというか分野ぶんや。私もユエを見た。月は例のなんとかいう老害を鼻で笑って淡々と気持ち悪い猫撫ねこなで声で説明。


高位こういのあやかしなど一握り。ちゅう中位ちゅうい以上のあやかしですらみずからにおとる存在に使役しえきされたいと考えるのはよほどの恩義おんぎを与えられたか、相当頭のおかしい変わり者かぢゃ」


夏星シィアシィンは、水姴スイレツによほど恩義を覚えたか?」


「そうぢゃ。祈禱師きとうし共のクソじゅつで弱り、くたばるのを待つばかりだったわらわひろうた」


 月の口調。その祈禱師たちへの恨みはまだ消えていないんだろうが、私への恩義は本物だと滲んでいる。アレくらいのことで私に恩義を覚えるてめえも相応に変だよなあ。


 とは思ったが、真剣な話の最中さいちゅうなので遠慮した私はでもやはり意外だったのもあって月を見つめた。で、月も見てきた。ふたり、めんをしていたがその奥の瞳に笑みを見た。


 そんな気がした。月はふふん、と笑ってあの老害をじい、そんな音がつきそうな強い力で見つめて綺麗な形の唇を意地悪く歪めた。ああ、この狐は本当にこうばしい性格だ。


「珍妙よ。民草たみくさには式を義務として押しつけておいて自身はあやかしを毛嫌いとは」


「珍しく同意だ、夏星。殿下よりなによりあの老害を焼殺しょうさつした方が世の為じゃね?」


「おおっ、それはじつによいことを聞いたわ」


 言うなり月は指をパチン、と鳴らした。悲鳴。薄く暗い室に紅蓮ぐれん業火ごうかはしらとなって立ちあがったのだ。その中には当然あの老害がいる。爺は逃れようと手をきだしたがそれだけ、伸ばしただけ火柱はけいを大きく拡張された。……うん、容赦ようしゃなし! 終わり。


 耳障みみざわりな悲鳴が聞こえるだけでうるせえが軍議ぐんぎ再開していいんじゃねえ? と思ったのはどうやら私たちだけだったようだ。陛下と殿下もぎょっとしてこちらを見てきた。


 なんだ。まさかだが、このきつねの「悪戯いたずら」をなにか、勘違かんちがいしているのか? 大丈夫なのに。いかに月が恐れ知らずの高位こういあやかしで瑞獣ずいじゅうの名をかんすといえ、野蛮やばんじゃない。


 そこの老害と違って。が、あまりにもおろおろ殿下が私たちとあの爺を見比べるので私は月に合図して「悪戯」で「嫌がらせ」でほんのささやかな「冗談」をやめさせる。


 月の手がすい、とちゅうを横切る。同時に火柱が消えてそこにすすひとつつけていない爺が失禁しっきんして悲鳴をあげ続ける、なんていうくさくて汚いができあがってしまったことで陛下と続いて殿下、さらに他の官吏かんりたちも理解していった。ただの、たかがおどしの冗句じょうくと。


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