九八話 軍議、開始。だったけど


厽岩ルイガン


「はっ」


 へやの中にいる全員が黙ったところで陛下が厽岩将軍に声をかけた。将軍はすぐさま起立して軍議ぐんぎ用、と思しき駒が配置された卓上に並べてあった木簡もっかんの一巻を手に取った。


 んで、続けられたのは予想通りの報告。泉宝センホウの軍事行動についての仔細しさい情報。この天琳テンレイへの進軍であると認められ、周辺諸国の牽制けんせいをまるっと無視して進んでいるらしい。


 それもご丁寧なことに軍を五つの隊にわけてそれぞれに一〇〇人を割いていると。


 そこから先もある程度はこちら、私としても予想の範囲内で軍議は進んでいった。泉宝は新しい力を試したいのだとか。新しい力、あやかしの、しきの力を。天琳や他諸国しょこくと違って紙の原料となる木が多く植わっているのもあり、紙をかたにして式を量産している。


 その紙型の式に加えて生身の式を使役しえきする部隊を新しく組織している一大軍が二隊にわかれて進軍中とのこと。そして、現状その式共に対抗できるだけの力が天琳にない。


 そのことからも泉宝は式持ちが多く、かつ戦い慣れた亀装鋼キソウコウではなくものの試し先に天琳を選んだ。つまりまとめっちまえばそういうことらしい。……なんという傍迷惑はためいわく


 高官こうかんたちはまたざわめきだした。ただでさえ紙型の式をめっする火性かしょうのあやかし、式を従えた者の発掘もままならないというのに、そこへさらに多種多様な式持ちが加わる。


 そらまあ、落ち着かない気持ちにもならあな。でも、冷静なフリくらいはしろや。


 みっともない。いい歳こいた大人が揃いも揃って無能かっつーの。と、いうのはユエが言いたいであろうが一瞬顔を向けて黙らせておいた。そわあぁ……としていたからだ。


 このきつねが発言すると反感を買うのは目に見えている。人々はあやかしの「力」こそ恐れてもその存在については人間より下、だと思いたいらしくって。それがあやかしたちの逆鱗げきりん逆撫さかなでどころかうろこごっそりむしり取っている、と気づこうともせずにいる愚かさ。


 あやかしはひと以下という思想が根づいているのは仕方ないのはそうだが、私としては彼ら彼女らとはき隣人のようにりたい、と願っている。だって、私が知るのは。


 ハオは私を救ってくれた。飢えと苦しみ、死からながらえさせてくれた。月はあの生き苦しかったむらをでるきっかけをくれた。二体、ふたりには感謝している。この上、なく。


 ふたりがいたから今の私がいる。生きていて幸せでいられる。いられたがこの先はそうこうも言っていられない。将軍として一軍をひきいる立場であるが故に。私は戦う道を選んだし、そのことを悔いてはいない。光栄だと思う。直接、幸福こうふくの返礼ができるのだ。


 殿下に、陛下たちに。私の力は私を守るだけでなく、私の大切なひとたちを脅かす存在への脅威きょういとなるべきなのだ。だから、一隊が一〇〇人いようと関係ない。問題ない。


水姴スイレツ


「は。私と夏星シィアシィンそれぞれに敵一隊ずつでも対処は可能かと存じます。預かる者たちの練度れんどを考慮し、基本的に我々が前線に立つこととなります。補佐ほさけた者がこのましく」


「右に同じぢゃ。足手まといに並ばれたのでは邪魔にしかならぬ。特に人間の中にはとかくしゃしゃりでたがる愚かなませ犬気質きしつを持つ特等とくとうおバカな阿呆あほうもおるのぢゃし」


「なるほど。いっそ後方支援こうほうしえんだけで、と?」


「陛下、よろしいでしょうか」


 一番の議題ぎだいたいあやかしさくについて私と月の意見は一致している。足を引っ張る可能性が欠片でもある、不安が残っているならいさぎよく後方支援にてっしてくれた方が万倍いい。


 私の水性すいしょう。月の火性。双方共に紙製かみせいの式にとっては大敵たいてきとなる。どちらがどちらの隊を引こうと対処は充分可能。そこいらの凡人や弱小式持ちには負ける気がしないので。


 でも、どうやら素直に通らない様子。官吏かんりのひとりが陛下に許可を願いつつすでに立ちあがっている。意見する気満々なら許可を求めるようなウゼえ真似してんじゃねえ。


 が、陛下はいつものことなのか、両手を組んで発言を許すのにうなずく。立ちあがったのは見るからに神経質しんけいしつそうな、意地クソが悪そうな官吏で、結構な古株ふるかぶと見受けられる。


「そこの狐面きつねめんの女、人間、とくくるからには隣の娘の式なのでしょう? あやかし風情ふぜいが陛下に意見するなど恥を知れ。その娘も大口を叩きおる。それとも耳が悪いのか?」


「一隊一〇〇人。聞こえていた。それとは別に私の式であり、大事なあやかしをてめえの偏見へんけんけなすのは遠慮しやがれ。それとも、おっさんつかじじい、てめえも式持ち、か?」


「……。小娘、わしが、なんだと?」


 なにもクソもねえよ。確認しただけだろうがただたんに。なにキレてんだよ、爺。


 てめえこそ耳垢みみあかが溜まりまくって聴覚に不備があるんじゃないのか。それとどの部分がてめえの琴線きんせんに触れたと言うつもりだよ? まさか、式持ちかと訊いた部分なのか?


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