軍議を経て戦の場へと向かわん

九七話 顔あわせ後日、軍議へ


 禁軍きんぐんの者の一部と顔をあわせてから二日後。皇宮こうぐう執務しつむみやに呼びだしがあった。


 私は軍装ぐんそうで、鬼面おにめんをつけて円扇えんせんで顔を隠して馬車に乗り込んだ。隣にはユエが座す。馬車が走りだして私は円扇をカチカチ折って縮小させ、ふところに忍ばせた。月も面をつける。


 そうして車に揺られること半刻はんこくで執務の皇宮に到着した。御者ぎょしゃをしてくれた宦官かんがんが足場を用意するのに台を降りる前に車から降りた私と月は振り向かずさっさと宮に入る。


 後ろから呼び止めたそうな声が聞こえた気がするが気のせいということにしておいていい。なので、無視に処して顔、というより面で説明をはぶいて通されたのでへやの方へ。


 以前来た応接間ではない、どちらかというと会議でも行うかの如き室に案内され、案内役の官吏かんりが扉を叩いて開け、去っていったので私は拱手きょうしゅして中へ入っていく。視線。


 数多あまた突き刺さる視線。視線。視線。は、予想の範囲内であったので別になんとも。


 私に続いて入った月が扉を閉める。ぱたん、と軽い音がして室内は日光と蠟燭ろうそくあかりに照らされて室内の人々を妙にぼんやり浮かばせている。知った姿は、三つだけだな。


 皇帝こうてい陛下。皇太子こうたいし殿下。厽岩ルイガン将軍。他は知らない顔ばかりだがお偉いさんだ、というのはなんとなくわかった。三人以外はいぶかしげに胡乱うろんげで高慢こうまんに私たちを見ているから。


「陛下、冗談だと思っておりましたぞ」


「いやはや、同意ですな。まさか女を起用するなどと突飛とっぴすぎる案を通されるとは。これはつまりそういうことですかな? 殿下のちょうを受けたければいくさの場にも立て、と?」


 うおう、いきなり嫌みくせえこったな。誰もんなこと求めてねえだろ。つまりあの官吏は自分の娘を売り込もうとして失敗した、ということであっている? じゃあ、そう。


 ここにいる、限られたくらいの高い官吏たちは私が表向き後宮こうきゅうきさきであり、裏で戦場いくさばにもおもむいて殿下を支える将軍に抜擢ばってきされたと知っている、ということか。なるほどねー。うるせえんだよ、下世話げせわおっさん。殿下のそれと私のこれは別だっつーの、まったくの別!


 どうせこの親にしてこの子あり、な状態で殿下にそっぽ向かれたんだろが、アホ。


 なんて私がひそかにぐるぐる威嚇いかくしていると背の月がくすくす笑って陛下に首を傾げてみせた。おい、月。私たちなんてに席なんかねえだろうになに催促さいそくしている?


 だと思ったのは私だけではないらしくあからさまに不服そうな空気をにじませた官吏がほとんどだった。わけなのだが、陛下と殿下は、といえば穏やかに笑って手招きした。


 従って歩いていく途中もこそこそと陰口かげぐちが聞こえてくるがさっぱりさっくり無視しておいた私が殿下のそばに来ると背に控えていた下級かきゅう官吏と思しき男が席を持ってきた。


水姴スイレツは俺の隣に。夏星シィアシィンは好きに座っ」


「結構な差別ぢゃな、皇太子よ。燃やすえ」


 実に軽~く燃やす言った月だがあの声はマジだ。こいつたかが席の位置どうのこうので皇太子殿下を焼く、焼殺しょうさつすると言いやがった。このきつね危なすぎるだろうが、やっぱ。


 仮もクソもなく皇太子を燃やすとか正気?


 私には月の正気なるものが見つからない状態なんだが。こいつも気のせいですか?


 私の気にしすぎで気のせいならばいい。んだけど実際問題はそうじゃあないっぽいので困ったもんだ。高位こういの官吏たちが揃ってひそひそ「殿下に無礼な」とか言っている。


 ……。ちょっと訊いてもいいか? てめえらこそさっき殿下に失礼なことほざかなかったっけ? 殿下の寵をえるには将兵になる必要がどうこう言った阿呆あほうがいなかった?


 それの発言は棚上げして月のまあ、ちょい過剰過激だがそれでも正当な突っ込みっつーか文句に添えるべきじゃないこと言っていると思うんだが。なに特別もうけてんだ。


 てめえらだけが特別じゃない。ってこれどこだかの茶会ちゃかいでも思わなかったかな私。


 ここは、国の中枢ちゅうすうというのはそういうのが集まる場だと割り切っておくべきなのかもしれない。そうじゃないと気疲れしてしまうぞ。いちいち気にしていたら疲労山盛り。


「静まれ」


 と、そこに冷静な声が落ちた。あらぶる水を埋め立てるようなどっしり重い声、が。


 皇帝陛下が、直々に「黙れ」とおっしゃったことでやかましいひそひそは引いていったが私への好奇の視線、訝しむ眼差しはやまない。半分は月のせいにしたいがならないのもわかっているので私は気にしないフリに努めて殿下の隣とその隣にも席をもらった。


 まわりがうるさくしないように殿下の隣、といっても半歩さがった隣に席をふたつもらって月と一緒に腰かける。月は不機嫌そうだったが、ふん、と鼻を鳴らして黙った。


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