九三話 お台所騒動に手を貸す


 ユエに武装一式を預け、奥の方に進んでみる。焦げ臭さがだんだん濃くなっていく。


「仕方ない、全員今朝は飯抜き!」


「いや、てめえは鬼かよ」


 思わず、突っ込んでしまった。覗き見た食堂兼厨房は、うん、予想に違わぬ状況。


 ぶすぶす、と黒煙こくえんくゆらせる鍋数個。びしょ濡れの床。服の一部が焦げた兵たち。寝ぼけ眼で調理していて焦がしてしまったのに慌ててうっかり服に着火。水で消火する間に他の器具で調理されていた食材たちも焦げついて、という負の連鎖れんさが起こった感じか?


 ……仲間が火踊りしないように案じた結果飯抜き刑とかちょい惨すぎることない?


 そう思ったのは果たして私だけ? 例外っていうのは私の方なのか? いや、違うでしょうね、だって食堂で待っていたむさ苦し、いえ。暑苦し、でもなくて、えーっと。


 あのむらの連中とも違うが殿下のような感じでもない男らしいみなさんの視線が私たちに向いて、朝の連絡に来ていた一同はぎょっとした。……失礼じゃないかなその反応?


 そうは思っても口にはださない私が食堂に一歩踏み入れると今朝見た顔――厽岩ルイガン将軍がびっくりした様子でこちらに歩み寄ってきた。表情には欠片の怒りと大量のいぶかしみ。


水姴スイレツ殿、どうしてここへ?」


「武装だけ外すのに寄ったら騒がしくて」


「……。そうか。いや、ちと失態しったいがあって」


夏星シィアシィン、座っていろ。将軍、厨房借りるな」


「は? あ、おいっ」


「ふふ、節介せっかい焼きよの。厽岩とやら、飯にありつきたくば好きにさせておくのぢゃ」


「夏星、だが全滅し」


「なあに、あやつにかかれば朝飯前ぢゃて」


 なんか納得していないというか困惑した厽岩将軍の声が聞こえてくるけど月が適当に説明して自分は私の武装、特にハオの槍を置いて「はほう」と疲労の吐息をついている。


 説明するのも面倒臭い。面倒臭くなるくらいあの武器が嫌いな様子。ぐりぐり押しつけたらどういう反応をするだろ? いや、うん。怒りの炎が舞いまくってしまう、な。


 私は絞ってあるそでをさらにぐっとあげて厨房内に入り鍋の中を確認。……。たしかに焦げついちゃってはいるけど食べられないほどじゃない。これなら少し洗えばいいい。


 と、いうわけで鍋たちに魔法の水もとい妖力水ようりきすいをほんの少し注いで焦げを浄化じょうか。火にかける。くつくつ煮立ってきたので味見のさじを突っ込んで一口。うーん、濃いけど旨味うまみがないからひたすら塩味が際立っている。ザ・男の料理という感じだが、これはちょい。


 ここにこそ尚食師しょうしょくしが入るべきじゃないだろうか。もしくはそこまでいかなくてもお抱えの調理者がさ。だって、食事って体づくりの基礎きそだろ。みなもとだろ。ないがしろってダメだろ。


 私はひとまず流しから野菜くずを救出して洗い、綿袋に入れて煮込み料理の鍋へ。


 野菜のくずを捨てるなんてもったいない。いいお出汁だしがでるのに。あとは旨味を足す食材をいくつか追加で処理して各鍋に投入。少しして焦げ臭さの中、いいにおいがただよいはじめた。誰かたちの腹が、複数名の腹が鳴く声が聞こえる。私は、調味を終えた。


 野菜の皮へたを入れて煮だした袋を取りだして大皿を超えた大皿に盛りつけていって取り皿と匙や箸を添えて置き、私は唯一無事に炊けていた飯をおひつに移してたくにどん。


「焦げは取って味も調えた。食わねえの?」


「い、や水姴将軍……?」


「いいから。朝から堅苦しかったろ。食え。今日だって国の為に鍛練たんれんするんだから」


「……い、いただこう」


 私の説得、というほどでもない提案、だな。これに乗ってくれた厽岩将軍。岩、なんて名前についているからもっとお堅いのかと思ったが意外や柔軟じゅうなんな性格をしているな。


 ひとり、食事置き場にやってきて食事を取り皿にどっさり取って卓に着き、一瞬の躊躇ちゅうちょのちぱくり。その瞬間、厽岩将軍の目がきらーん! と星散りだすほど光り輝いた。


 おかず、棒寒天入りの酢の物の他は濃い味つけの料理が並んでいるがそいつをお供に白飯をがつがつ頬張り、おかわりに立ちあが、ってついでに部下たちにも目で促した。


 そうすると恐る恐る、といったふう兵たちが集まってきておかずを取り、飯は各自で盛ってもらって汁の椀だけ配膳していく私がちら、と顔をあげると。なにこれ行列か?


 てめえら恐々だったのはどこいった? それともやっぱり禁軍きんぐんの軍人だけあって肝が据わっているんだろうか。私程度がつくった料理でこうも輝く笑顔浮かべるとは――。


 ふと、視線を感じた。というかむしろ気配を覚えたになるのかね、これ。よく知った気配が食堂を覗いているようですよ確認すべきですか。と、いうわけでちょいと視線を向けてみると予想的中。殿下と陛下が厨房の中で汁椀を満たす私に仰天しているご様子。


「えー、水姴?」


「お焦げ騒ぎがありまして。飯抜きになりそうだったので急遽きゅうきょ手を貸しただけです」


「……」


嵐燦ランサンこらえろ。気持ちは理解するがこれは禁軍に配給された食事なのだからして」


「ですが、父上。やつらばかりジ、水姴の手料理を堪能たんのうしてずるいではないですかっ」


 狡い、って殿下なにを言っている。私の料理がどうしたというのだ。付加価値もなにもないと言いますか、皇宮こうぐうお抱えの料理人のつくる食事と並べられたら私の胃が痛い。


 で、その殿下は陛下が「ほらほら、どうどう」と抑えている。てか、狡い、だのなんだのをここで言わないでくれ、殿下。ひょんなことで勘のいいやからはわかっちゃうかもしれんだろうが。……いや、今のところは全員飯に目がくらんでいるっぽいので大丈夫かな?


 野郎たちはどんどん皿をからにしていっておかわりに並ぶ。そして、最後の一口をめぐって乱闘を繰り広げようとしては厽岩将軍にぶん殴られて鎮圧されているこの奇妙さ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る