九二話 この狐は本当にろくでもない


 と、いうのは私の内緒べやに放り込んでおいて私は殿下の腕から抜けだしてひとつ頷いておいた。朝餉あさげは済ませた。どれくらい話がもつれるかわからなかったし、そうなると。


 私の腹はともかくどこぞのきつねがうるさい。さすがに陛下たちに「腹が減った」なる理由でとっとと話を終えてくれだのと訴えないと思いたいが、ユエは頭おかしく、不可解。


 世間一般に「はあ?」っつーようなことも平然真顔で言い切ってしまう剛毅ごうき、というよりかは、うーん。こう、なんだろ。すっごく硬い肝を据えておいでなものですから。


 で、その狐様は、といえば……。


「今朝は馳走ちそうぢゃったぞえ、皇太子こうたいし


「月……」


うらやましいかえ? だったら鬼面おにめんをつけていてもはよう見抜けるようになることぢゃ」


「いや、関係ねえだろ」


「なんぢゃ、認識されんでもいいんかえ?」


 こいつ、いつ何時もひとをおちょくる、ちょっかいかけるのが好きだなあ、と思ってしまった。もしくは悪戯いたずらを仕掛けるのが楽しい、くせになっているでもいいかもしれん。


 本当にひとにちょっかいをだすのが好きだ。それもひとの感情に関連づけて仕掛ける悪戯他愛ないクセ、妙に心引っかかるもんだから仕掛けられた側もわりと必死になる。


 そのさまを眺めて楽しそうにほくそ笑むのがこの狐の一番のさかなというわけだ。ここ最近餌食えじきはもっぱら殿下たまーにとばっちりで私、といった具合で面白玩具おもちゃにされる日々。


 ……これって怒ってもいいものだろうか、なんて思っちゃうが殿下を見るに怒ってはいないものの月の絶妙ぜつみょうなご褒美に喰いついて、必死になっていてなんか、うん、憐れ。


 おもに私の癖だったり、好物だったりの情報がご褒美になっていてその情報が欲しかったら~、というのでいろいろと捨ててはいけない矜持プライドをお捨てになっている気が……。


 まあ、えー、私が口をだすことじゃないのかもしれないかな? というので黙ってやらせている。だってその方がだされている課題をこなすのに都合がよろしいんだもの。


 けっして殿下が邪魔、とか鬱陶うっとうしい、とかではなくてなんとなくいらしたらもてなしたり、相手をしないといけないような気がしてしまうのだ。月は「律儀りちぎよのう」なんぞと言っていたが律儀、これが律儀に入るんだろうか? 普通じゃないかな、お客様だし。


ジン、その方ももう帰ってよい」


「はい。本日はありがとうございます」


「いや、息子がすまんな、毎日」


「え、あ。いえ、よいのです。それについてはむしろうちの月が殿下にいろいろやらせてはいけないことをさせているのでむしろ申し訳ないくらいですから。なのでどうか」


 責めてあげないでほしい。無理にやめさせないであげてほしい。はじめてできた好きなことを思いっ切りさせてあげたい、好きな場所で好きなようにのびのびすごす幸を。


 奪ってあげないでいてほしいと願う。だって私がずっとそうだった。奪われて搾取さくしゅされて不自由で理不尽で……ずっと、ずっと苦しかった。命あっての物種ものだねだの言うがそこに幸せがないなら死んだ方がましだ、と私は考える。命があってさちあってこそ、だって。


 だって、そうじゃないなら苦しくて息もできないんじゃ必死になるのだってバカバカしいじゃないか。私が今、ここでこの後宮こうきゅうっても幸せでいられるのは殿下のお陰。


 あのひとが、彼が想って、愛してくれるから。……まあ、鬼面ひとつで見分けがつかなくなったのはもうちょーっとだけ根に持たせてもらおうとは思うけど。よし、帰ろ。


「月、帰るぞ」


「おお、今ゆくわ。ではの、皇太子」


 なんだ、殿下。鼻なんか押さえてどうしたというかどうかしたのか? もしくは、月のバカがまたなにかよからぬことを吹き込んだりだとか、そういうろくでもない予感?


 ……いや、気づかなかったことにしよう。それより帰って課題をもうちょっとこなしておこう。その為に、禁軍きんぐん詰所つめしょに寄って帰らないと。軍装ぐんそうはともかく武装は目立つ。


 と、いうわけで私は禁軍の詰所に寄り道、したわけだがなんだ? 焦げ臭い気が。


 入口からもうもうともくもくしている煙に火事? そう思って開けてみたがなんのことはなかった。しょう味噌みそといった調味料が焦げついた苦香ばしいにおい。心配ないか。


 が、奥。多分食堂があると思しき場所から怒声が聞こえてくるし、べそまではいかないまでも猛反省している。そういう声が聞こえてくるので私はひとまず武装解除だけ。


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