九一話 結構な無茶言うよな、このひとー


嵐燦ランサン、無茶を言ってやるな」


「わかっています、父上」


「だった――」


「ですが、本当の本当は父上でもいやです」


「……。お前、嵐燦。それはちょっとどころかだいぶ独占欲どくせんよくが強すぎやしないか?」


 本当だよ、陛下。殿下ー、まじめな話愛が重深おもふかすぎて底なし沼に沈んでいきそうな心地ですがそこんところどうお考えになるか、訊いてみてもいいでしょうか。でもなあ。


 実際、訊いちゃったら私が理解できるまで語りたいとか言ってまたみやに入り浸ってもらっても困る。今日も仕事がどっさり山盛りある筈だし。あまり抜けだすのは、ねえ?


 それこそ、私に、皇后こうごう陛下がお小言するかもしれない。息子をあまり甘やかさないでちょうだい、とかそういう感じに。いやいや、私、毎度四半刻しはんこくほどでいつも言うのよ。


 殿下に「そろそろ戻った方が」と。でもそうすると殿下がごねるので面倒臭、もとい説得に骨が折れるのでもう、なんだ。勝手にしてください、と放置しているわけです。


 でも、そういう時は茶もださないし、私も課題の読書や教材をこなして書斎しょさいにこもっていることが多い。で、殿下はといえば寝室しんしつから椅子を持ってきて同室で読書をする。


 そんでもって陽が暮れるかな~、と思っているとそわそわしだして、見計らったような間で皇后陛下が迎えにというか連行しに来て持って帰るもとい連れ帰ってくれると。


 あれ? これって私が悪いのか? うーん、世の中理不尽だと常々思っちゃいるがそれがでもこういう場でも発揮されるのは「ええっと」と言いたくなる、というものだ。


 だって、私に非は……あるといやあ、あるが。ないといやあ、ない。実に、非常に微妙なところだったりするので困ったもんだ。悪くない、と自己肯定するのは楽だけど。


 安易にそうできないものなので。だって、本当に無罪(?)でいたければ迎え入れないでいればそれでいいわけで。別に締めだしたってお咎めがくだるでもないんだしさ。


 それができない理由は、殿下が私なんかを好きだ、と言ってくれるくすぐったさから。


 こんな女、どころかひとのなり損ないのような私を好きだ、と愛していると言ってくれていて、私の宮でくつろいでいるのが一目でわかってしまうので断りにくいってわけだ。


 私室ししつがあるでしょう、と言って勉強が忙しかった時、帰ってもらおうとしたが「いやだここがいい」とされて弱った私に代わってユエが小言してくれたのも聞き流し状態で、結局皇后陛下が連れ戻しに来るまで居座られた。あなたはこどもか? と思ったが……。


 その皇后陛下に、母后ぼこうに叱られた際、言っていた言葉も印象的だったなあ、うん。


 ――心から安らげる空間にいたくてなにが悪いとおっしゃられるのです、母上っ!


 ……だったか? 皇后陛下はあきれ果て、私は顔から火、というよりは熱湯が噴きそうな心地になった。なんという恥ずかしい台詞せりふを堂々と言いなさるんだろう、このひと。


 私はもう、陛下に対して恥ずかしいやら申し訳ないやらやはり恥ずかしいやらで。


 なのに、今度は皇帝こうてい陛下の前でのろけますか、殿下。あなたどれだけ私に羞恥を植えつけたら気が済むんだ。と、いうか陛下や厽岩ルイガン将軍が私なんかるわけないんだから。


 なのに、いったいなんの心配ですかね。それとも他になにか意味が、というのではなくマジで嫉妬しっとに狂ってあの表情だったってことだろうか、殿下? 相手おっさんだぞ?


 ああいやいや、皇帝陛下におっさんは言っちゃいけないだろうがでもだってねえ?


 年齢的にちょうどそれくらいなのだし、これで陛下や将軍が私に興味お持ちだったら私が、遠慮なくぶった切ってあげますから心配無用です、殿下。少女趣味説だろうが。


 自分のこどもくらい歳の娘に「そういう意味」で興味持っていたら気持ち悪いよ。


「嵐燦、放してやれ」


「もうちょっと。今日はいけないかも」


「……知っているか、嵐燦? ここのところというかジンが来てから毎日のように同じ台詞を聞いてのち、部屋から消えている、夕方遅くまで静の宮にいると梓萌ズームォンが言ってい」


「それは、母上の思い違いです」


「殿下、あまり阿呆あほうを言うなら出禁できんにしま」


「静、朝餉あさげは済ませたか?」


 さえぎられた。出禁になりたくない、とな? ふむ。よしよし、いい脅迫材料発見だ。


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